第17話:帰宅


商業ギルドの清算は翌日にしてもらった、 そろそろあっちの世界に戻らないと。

こっちに来て、約68時間が経過。 10倍としても、あっちの世界では6.8時間経過してる計算だ。

俺は毎日8時間寝るようにしてるんで、残り1.2時間しか無いから寝坊しないか心配だ。



神殿に戻って風呂に入ったら、そのままベットへ。


「 マスター、必ず帰って来て下さいね 」


「 なぜ泣く。 寝るだけだぞ? 」


ベッドの脇にはチルとドリーさん。 なんでここに居るのかな、ドリーさん。


「 初めてお帰りになるマスターには、エージェントと神官が付き添う決まりなんです 」


「 なるほど? 」 判るような判らないような。


「 マスタ~~~ 」



だからなぜ泣く。 それとだ、


「 チル。 手を離してくれるか? 」


「 え? ダメなんですか!? 」


「 死ぬ訳じゃ無いんだから、止めてくれ 」


「「 ??? 」」


あちらの世界では、殆どの人が病院で亡くなる事。

その時、手を握って 『 死なないで 』 が、まれによく在ると説明。

個人の見解にもよるんだろうが、俺はノーサンキューだ。



「 では、睡眠草になります 」


「 ども 」


ドリーさんから小さなコップを受け取る、睡眠草と言っても液体だ。


マスターが飲む睡眠薬っぽいのは、睡眠草すいみんそうの呼称に落ち着いた。

『 安らかに眠れる薬 』 はもちろん、『 ユックリ休める薬 』もマスターの多数決で却下された。


んで、普通に睡眠草で良いだろうとなった。

草と言いつつ液状なのはスルーだ。


「 ・・・・・・ 」


「 だから泣くなっての。 しょうがないな 」 頭をナデナデしておく。


「 こっちと、あっちの時間差がハッキリ判らないけど。 次に寝るまでに16時間として、10倍ならこっちの時間で1週間だな 」


『 ゲート 』を唱え忘れて、+10日になる可能性が在るけど、それは言わない。


「 ・・・・・・はい 」


「 ドリーさん。 何も無いと思いますけど、チルの事よろしくお願いしますね。 ビックバードの清算も 」


「 はい。 任せて下さい 」


ドリーさんには、ビックバードの肉10kgを差し入れ済み。 抜かりは無い。

ギルバートが噛んでるから、評価で誤魔化される事も無いだろう。



「 それじゃ、また今度な。 お休みチロ 」


「 ・・・・・・ 」


何か言えよ、チロ。





目覚ましの音で、目を覚ます。 [06:28] いつもの時間だ。

俺が起きたのに気が付き、チロが顔を舐めてくる。


「 はいよ。 チロおはよう 」 ペロペロ


「 はいはい。 起きたよ起きた 」 ペロペロペロ


「 昨夜は楽しい夢を見たよチロ。 チロと一緒に、冒険するんだぞ 」


「 ・・・・・・ 」


こちらを、ジッ~~~ッと見ているチロの黒目。 マルダックスの目は白目の部分がほぼ見えない、全部黒。

チロは全身真っ白だから、正面から見ると黒丸が3つ在るみたいで面白い。

もう1個の黒丸は鼻。


んで、話し掛けてるのは理解してるんだよな。 返事は無いけど。


人間の言葉を理解出来る犬と、犬の言葉が理解出来ない人と。

どちらの方が、種として進化してるんだろう。 時々、疑問に思う。


でも楽しかったから良しとする。

着替えたらシャッター雨戸を開け、チロのトイレの始末をしたら、リビングへ。


今日も一日お仕事だ。



____________________________




「 戻られましたね 」


「 ・・・・・・はい 」



チルは、マスターが居なくなったベッドに突っ伏して、泣いている。

エージェント契約を結んでまだ数日だが、楽しかった、本当に楽しかった。

神様の祝福って言われてるのが、嘘じゃないって感じてた。


ドリーが、チルを見つめる目は優しい。 自分も通った道だからだろう。



「 さぁ、チル。 エージェントのお仕事の時間ですよ 」


「 ・・・・・・はい 」


「 早く始めれば、それだけ早くマスターに会えますよ? 」


「 はい! 」



元気を取り戻したチルは、お風呂に向かう。

世界を渡る者には、決められた手順が在るのだ。


エージェントには個室が無い。

大部屋を4つに仕切り、そこにベッドと机とチェストが置いて在るだけ。

安宿の雑魚寝よりは遙かにまともだし、おまけに広くて清潔だ。

食事も食べ放題だし。


マスターの部屋に比べると粗末なものだが、文句を言う者は居ない。


「 チル、今からいくにゃ? 」


「 うん、モモ。 行ってくるね 」


「 こっちの事は、残った私たちに任せるにゃ 」


「 よろしく! 」



祝福を受ける可能性のある獣人で、人数でも実績でもトップを誇る2大勢力。 

犬獣人と猫獣人はとても仲が良い。


「 その代わり、あっちの話を聞かせてにゃ 」


「 うん、楽しみにしてて 」




「 チル。 エージェント研修の内容は、覚えていますね? 」


「 はい、神官ドリー。 言わない、言わせない、気付かれない、です 」


「 その通りです。 マスター達は、こちらの世界に平和と繁栄をもたらしてくれます。 そのお礼に、私達獣人はマスターをお守りするのです 」


「 はい! 」



「 でも決して、エージェントがあちらの世界に行ける事を話してはいけません。 マスターが気付いて、口に出しそうな時は殴ってでも阻止すること。 そして、チルがエージェントだと言う事に、気付かれてもいけません。 神の定めた掟を必ず守ること 」


「 はい 」


「 鳥獣人の話は覚えていますね? 彼らは神の定めに違反し、あちらの世界に追放されました。 こちらの世界に、鳥獣人が居ないのはその為だと言われています 」


「 はい! 」



「 ・・・・・・気を付けてね、チル 」


「 はい、ドリーさん。 行ってきます 」



ベッドに座り、ドリー神官から睡眠草の液体が入ったコップを受け取る。

飲み干すと、『 ゲート 』と唱え、横になって眠くなるのを待つ。


そう、私は今から世界を超える。 マスターの世界へ行くのだ。





目を開けると回りは真っ暗。 でも慌てない、マスターの匂いがしてるから。


『 マスターは、夜寝ている時こちらに来ます。 ですから、マスターが帰ってから後を追いかけると、あちらの世界は夜のはずです。 つまり真っ暗です 』


エージェント講習の内容は、全て頭に入っている。

今は夜だから暗くて当たり前、慌てることじゃ無い。


「 着いたデシ。 マスターの世界デシ。 デシ? どうしてデシが付くんデシ!? 」


『 あちらの世界ではあちらの存在。 同じ魂を持つ、もう一人のあなたと1つになり、記憶も共有します。 身体はあちらの世界の存在になります。 チルの場合は犬ですね 』


「 こちらの世界の犬は喋れないはずデシ。 どうして、デシが付くんデシか?」


ちょっと、パニックになってるかも。

ワタワタしてると、前足が何かに当たった。


「 マスターデシ! 」


直ぐ横にあった大きい固まり、山かと思ったらマスターだった。

神殿より高い天井には、ぼんやりと光る灯りがある。


『 俺は真っ暗だと寝られないから  』


マスターが言ってた事を思い出す。


「 常夜灯デシね。 これなら充分見えるデシ 」


暗闇に目が慣れれば、犬獣人であるチロはそれなりに見える。

コイネやモモなんかの、猫獣人ほどでは無いが。


マスターの側に移動して額に手を乗せる、今は犬になってるんで手じゃ無くて肉球なんだが。

肉球が光って部屋の中を微かに照らす。


「 ・・・・・・聞いてたとおり、ゴーストが無いデシね 」


マスターはあっちの世界から消えたんで、ゴーストはこっちの世界に戻って来るはず。

でも、このマスターの身体にはゴーストが無い。


「 やっぱり、神の国でお休みしてるんデシかね? 」



獣人達に古くから伝わる言い伝え。

異世界で働いたマスターのゴーストは、どこかにある神の国で少しの間お休みする。

ゴーストが無い身体は無防備になるから、エージェントが御守りするのだと。


何処かでより道してるって説も、あるにはある。



「 そのために私が来たんデシ。 しっかり御守りするデシ! 」


ベッドの端に立ち、決意を口にするチル。


「 私はマスターを守るために、この世界に来たデシ~~~!? 」


ベッドの表面は寝返りし易くするため、ある程度滑る様になっている。

それにベッドの端っこは変形し易い。

ベッドの端で立っていたチルが落っこちたのは、単純な物理現象であり魔王の呪いでは無い。



急いでマスターの布団に潜り込み、鼻先だけを布団から出す。

犬獣人の最大の武器は鼻だから。


「 今日から私がマスターを守るデシ! 」


ちょっとカッコ悪いけど、チルのエージェント活動が始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る