第28話 王太子指名・・それぞれの思い

「危なかった・・あの豚め」


国王の前を辞したフライブルク侯は、いまいましげにため息をついた。背中には冷や汗が流れている。侯はぶつぶつと小さな声で述懐を始める。


◇◇◇◇◇◇◇◇


あの豚のような国王が、我が娘の産んだアルフレートより、双子の姉弟を気に入っていることは、幼少のころから分かっていた。であるからこそ、今日を見据えて十数年前にあの入れ替え茶番を仕込んだのだ。愚かな国王があまりに見事に筋書き通り踊ってくれたので、思わず拍子抜けしたほどであったが。


しかしその後、入れ替わった姉弟の才能開花ぶりには背中が寒くなる思いだった。姉は官僚養成過程を飛び級卒業した上に十代で若手の五俊英と言われるまでになり、弟は王国のみならず大陸で最も注目を集める美しき才媛となった。男女入れ替えずに育てたらどこまで伸びたのか想像するだけで恐ろしい。その危機感に衝き動かされ、私は動いた。


まず愚かな国王を扇動し、魔王討伐の功績を賞して偽王女を勇者に与えるように仕向け・・これもあっさり成功した。勇者が真相を知り怒ってそれをぶちまけ、あの姉弟の人生はそこで終わるはずだったが・・あの勇者はなぜか何も不満を言わなかった。衆道の趣味でもあるのだろうか。突出した才能を持つ者には、そう言った例があるというが・・いずれにせよ、計算外であった。


やむを得ずリスクを承知で暗殺者を雇い、直接偽王子を襲わせたが、勇者と賢者が邪魔をした・・あいつらの戦闘能力は化け物としか言いようがない。その後も機会をうかがっているが、偽王子が外出するときは勇者が、偽王女が社交に出るときは賢者が、ぴったりとついていて手が出せない。


そこに、今日の王太子指名騒ぎだ。あのなよなよした偽王女をどうやったら王太子にできるのか百万回あの豚を問い詰めてやりたいが、あの豚国王は思いついたら止まらない、本当の馬鹿だ。我ながらうまく立ち回ってアルフレートを指名する約束をさせたが、実に危ないところだった。あの頭の軽い国王がバカなことをやらないよう、指名の席には十分な備えをしておかねばな。万一の時には、あの邪魔な姉弟に、消えてもらう。


フライブルク侯はそのギラついた眼を一回大きく見開くと、大股で離宮を後にした。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「二週間後に王太子指名だってぇ??」


国王の思い付きは、西離宮サイドにも大きな驚きをもたらしていた。宮内省からもたらされた通知に、ハインツが信じられないという声を上げる。


「またお父様がやらかしちゃった気もするけど、誰を指名するって言うんだろうね? ニコラ、どう思う?」


ミーナも当惑して、ニコラに意見を求める。


「う~ん。あの国王陛下の頭の中は、私にも予想困難なのよね。ただ、中止される感じもないから、少なくとも宰相閣下が、このイベントを認めているということよ。そうなると・・指名されるのはアルフレート殿下の可能性が高いかな・・少なくとも宰相は、アルフレート殿下だと思っているんじゃないかな・・」


ニコラが眉間に右手の親指を押し当て、珍しく悩んでいる。


「確かにそうね・・アルフレート自身、悪い子ではないのだけど・・そうなったらフライブルク侯の専横は、当面続く・・」


「あなた達の『世直し』を、急がねばならないようねミーナ。少なくとも指名の前に」


「ねえニコラ・・お父様がハインツを指名する可能性は、本当にないのかしら。もし、事前に『世直し』を起こしたら、ハインツを国王にできても、反逆の汚名が残るわ」


「あくまで普通に考えれば、可能性は少ないわね。逆に、アルフレート殿下がはっきり指名された後に決行したら、それこそ国王の意思に背いて武力で政権を奪ったことになるわ。残る禍根は比べ物にならないほど大きいわよ? 決めるのはあくまでミーナ、あなただけど」


ミーナの視線が救いを求めるようにさまよい・・最後にクリフの視線と交差した。クリフは何も言わず、ただ微笑んでうなづいただけ。だが、それでミーナの心は決まった。


「うん、私はお父様を信じるわ。お父様は確かに愚かだけど・・私達を愛していることだけは、本当だと思うの。もしアルフレートが指名されちゃったら、私は堂々と謀反軍の頭目になるわ。ハインツが反逆王はイヤだって言ったら、私が『悪の女王』になったっていい。ねえニコラお願い、協力してくれない?」


「そう・・そこまで心が決まったなら、私達はミーナを支えるわ。ならば決行は、指名当日ね、急いでプランを立てましょ」


ニコラはきっぱりと答えた。この聡明な娘に協力する気持ちに、嘘はない。だが、ミーナが再度クリフと視線を絡ませるのを横目で見て、また寂しさを噛みしめた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇


決行手順を打ち合わせた三時間後、疲れたニコラは自室に引き取った。湯浴みをして寝間着に着替え、一人寝には広すぎるベッドに背中から倒れ込む。そしてしばらく決行準備に抜けはないか、小さな声でつぶやきながら考える。


軍事面は将軍に任せるほかない。官僚たちの動きはミーナが指示するだろうが、軍隊と違って網目型の地下組織になるだけに、連絡の齟齬が必ず発生する。彼女に、注意を与えておかないと。そして、王宮での百官を集めた指名セレモニーには、クリフと私が同席する。私の役目は、『世直し』決行のタイミングで烽火代わりの魔法をあげること、あとはクリフが心置きなく戦えるように、姉弟を守ること。うん、シンプルよね。


『世直し』のことを考えるのをやめて眼を閉じると、またさっきのミーナとクリフの姿が脳裏に浮かぶ。あの二人はこれが落ち着いたら結婚するのだから、ああやって心を通じ合わせるのは、自然なこと。それはわかってる、わかってるけど・・胸がざわつくのを抑えられない。ダメだ・・こんなんじゃ、眠れなくなる・・


ノックの音がして、ニコラは半身を起こす。ゆっくり開いた扉から、おずおずと入ってきたのは、寝間着姿のミーナだった。


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