第26話 女の武器も、使っちゃう?

百を数えるほどの沈思の後、カールスシュタットが重い口を開いた。


「なるほど、そこまで私という者をご理解いただけているとは光栄です。おっしゃられた通り、私は社会の秩序を守るためにこの地位におります。殿下の懸念されるところは私も同意ながら、殿下が王国統治の秩序を乱すことをなされたいと仰るなら、ご協力は致しかねます。今晩、殿下は拙宅にお見えになどならなかったということで忘れさせて頂きたく」


「そうか・・残念だ」


「殿下は第一王子であらせられます。性急に事を進めずともいずれ王太子、そして国王になられるお方・・そうなれば殿下の理想を実現なさることが出来るでしょう。焦らず、時を待たれることです」


「ああ・・そうだな。だが私に・・その『時』は与えられそうもないのだ」


将軍の生真面目な忠告に、ミーナは寂しげな微笑で応えた。


「何故でございますか? 父王はハインリヒ殿下を重んじておられると存じております。いくらフライブルク侯が第二王子アルフレート殿下を王太子に推されているとはいえ、王国の伝統である長幼の序を違えるようなことはなさらないと・・」


謹厳な将軍にとっては、ミーナの反応が意外であったらしい。思わず顔色を変え、食いついてしまっている。


「・・ここから先を聞いたら、戻れないぞ、将軍」


「王国の秩序を守るのが我が責務。第一王子たる殿下が軽んじられるようなことを座視するわけには参りませんな」


現体制に対する将軍の本音は、ミーナのそれと大きく違わない。何だかんだ正論を言ってみても、ミーナに与したい気持ちがダダ漏れだな・・と、見守っていたクリフはわずかに笑みをもらした。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「な・・何ですと? あなた様は・・ハインリヒ殿下ではない・・と?」


幼少時の出来事から始まるハインツとミーナの入れ替わり顛末を、ひとことも口をはさむことなく聞き終えたカールスシュタットの反応である。その表情には深い疑念・・というより、突飛すぎる設定に思考がついていかない当惑があふれている。


「そうです。本当の私は、第一王女ヴィルヘルミーナ。そして、ここに控える勇者に与えられた王女とされている者が、私の弟ハインリヒなのです」


秘密を打ち明けたミーナは、本来の女言葉に戻っている。将軍はまだ言葉を失っているが、ミーナは構わず続ける。


「そして、この入れ替わり自体、フライブルク侯が企図したものなのです。私もごく最近・・賢者ニコラの忠告によりそれを知り、私達姉弟に残された時間が少ないことを悟りました。父王がハインリヒを王太子にしようとしたなら、侯はハインリヒが女として生きてきたことを悪意を持って公表するか、逆に脅迫の材料とするでしょう。王太子の指名がなされるより前に、侯を除かねばなりません」


「しかし・・国王陛下はもちろんそれをご存じで・・その上で、実は王子である王女殿下を、勇者クリフォードに降嫁させることを決めたのですか?」


まともな思考回路を持っている将軍には、国王の行動は理解不能だ。


「そう・・父王は、優しい方ではあるのですが、優柔不断で愚かなのです。侯に言われるがまま、あんな修復不能なことをやってしまったの。このまま愚かな父の治世が続く限り・・国事は侯の思うがままということです、それを許してはいけないのです」


言外に、侯を除くだけではなく父王も引退させると示唆するミーナ。


「確かに、それが本当ならば常軌を逸しております。女神の教えにも背く行為、国を治める者としてはあるまじきこと・・。ですが、このように荒唐無稽な話は、とても私には信じられませんな。一国の王子と王女が十数年も入れ替わるなど・・」


良識派のカールスシュタットとしては、信じられないのは無理もない話だ。しかし、彼にはこの好ましい青年の言葉を、受け入れたい思いもある。眉間にしわを寄せ、葛藤している将軍をじっと見ていたミーナが、その頬にある決心を刷いた。


ミーナは唐突に上衣を脱ぎ捨てると、シャツの前ボタンを素早く外していく。気づいたクリフが止める間もあらばこそ、彼女はためらいなく肌脱ぎになり、生まれたままの上半身を晒した。雪のように白い双球があらわになる。


「で・・殿下・・」


ミーナを見て硬直したカールスシュタットは、はっとして視線を外す。


「殿下・・もう結構です。ご無礼を・・」


クリフが素早く上衣を羽織らせると、ここにきて羞恥が戻ってきたように、ミーナが耳まで紅色に染まる。


「わかって下さいましたか。私はこの身体で、十数年ハインリヒ王子としての役を演じてきたのです」


「なんと・・」


大きなため息をつき、暫時沈思黙考するカールスシュタット。やがて彼は椅子から立ち上がり、部屋の隅に掛けてある自らの愛剣を握った。そしてミーナの前に跪き、鞘ごと剣を捧げた。


「ヴィルヘルミーナ王女殿下。どうか、私をあなた様の騎士に。生命ある限り、殿下を守護し奉ります」


ミーナは深呼吸をひとつすると、その剣をすらりと抜き放ち、カールスシュタットの肩に静かに当てた。


「ディードリヒ・フォン・カールスシュタットよ。そなたの騎士の誓い、確かに受け取りました。私のためではなく・・王国を正しく導くために、尽くしなさい」


「はっ・・謹んで」


やがて姿勢を戻した将軍は、クリフに向かって笑いかけた。


「勇者クリフ殿よ、お互い女神の騎士として、今後ともよろしく頼む。ああ、あくまで第一の騎士はクリフ殿であることは承知しているからな。俺は二番目でよいぞ・・ははは」


磊落に笑うカールシュタット。なぜだか、頬が熱くなるクリフであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る