第3話「シンデレラ♂と王子様」


オレの体がガラスの靴とドレスによって、ダンスホールへと運ばれていく。


勘弁かんべんして~~!


ダンスホールを扉を開けるとシンデレラオレに、会場中の視線が集まった。


シンデレラ♂を見た男たちから「なんと美しい」「どこの姫君だ」「綺麗な娘だ」ざわめきが起こる。


男からは熱いまなざしを、女からは嫉妬の視線を向けられる。


つうかオレは姫じゃないし、女でもない! ドレスを着ていても男だから!


会場にいる男たちが、オレに声をかけるタイミングをうかがっているのが分かる。


ムダに人目をひいて、余計なやつに絡まれてもめんどうだな。


さくさく王子とのダンスを踊って、城を出て、港に向かおう!


さすがに王子様とダンスを踊った娘を、ダンスに誘う勇者バカはいないだろう。


そのとき会場がどよめいた。


「王子様」「フィリップ王子」「王太子殿下」


瞳をキラキラさせ、未婚と思わしき女性たちがざわめく。


あまいろの髪に、青みを含んだ気品のある黒色の瞳、切れ長な目、甘いほほ笑みをたたえる、眉目秀麗な青年。


深紅のジャケットに白のシャツ、黒のパンツに身をつつんだ王子様が。


優雅ゆうがな足どりでシンデレラに向かって歩いてくる。


ダンスホールにいた人たちが、モーゼの十戒じっかいのように綺麗に左右に別れ道ができた。


絵本で見た王子様より少しクールな印象を受けるが、かなりの美形イケメンだ。


ダンスホールにいた娘たちが王子様にポーッとなって、見惚みほれるのもう頷ける。


王子様がシンデレラ《オレ》の前で立ち止まり、


「一曲踊っていただけませんか?」


手を差しだしてきた。


舞踏会の主催者である王子様に「踊ってください」と言われたら断れない。


おそらく魔法使いの出した靴とドレスは、王子と踊るまで王子の周りをうろうろし続けるだろう。


ぱっぱと王子様と踊ってしまおう。


ダンスが終わったら、すっと城をあとにしよう。


「はい」


オレは王子様の手を取り小さく頷く。


他の客たちが壁ぎわまで下がり、王子とシンデレラのためにダンスホールの中央に大きな円ができる。


魔法使いのおばさんの出してくれたオートで踊るガラスの靴とドレスのおかげで、オレのダンスは完璧だった。


シンデレラ♂の父親が亡くなる前、シンデレラ♂は上流階級のたしなみとして、ダンスを習っている。


しかし、シンデレラ♂ちゃんはそのダンスの練習が苦手だった。


男なのに、女のパートを覚えさせられることが不服だった。


やさしくて父親思いのシンデレラ♂ちゃんも、そこだけは納得がいかなかったようだ。


シンデレラ♂の父親はシンデレラ♂に、女のパートを教えることになんの疑問も持っていなかった。


物語補正のせいだろうか? 

幼い頃は中性的な服を着せられ、シンデレラ♂ちゃんは女の子のように育てられた。


父親の死後は、義理の姉のおさがりのドレスを当然のように着せられていた。


シンデレラ♂は女の子、もとい男の娘として生きることを強制されてきた。


「君はダンスが上手なんだね」


王子様がとろけるようなほほ笑みを浮かべる。


シンデレラが女なら、その笑みにメロメロになっていたことだろう。


しかし男のオレには、王子様のキラキラ笑顔の効果はない。


「いえそれほどでも、王子様のリードがお上手だからですわ」


女言葉で王子にお世辞をいう。


「いや、私はダンスがあまり得意ではないんだ。いまこうしてダンスを踊れているのは、君のリードがうまいからだよ」


オレの口から、乾いた笑いがこぼれる。


ハハハ~~魔法使いのチートな道具がなかったら、ダンスが下手な二人が公衆の面前で散々なダンスを披露して、恥をかくところだったな。


「聞かせてほしい、どうして君はこんなにダンスが上手なのかを」


「それは……」


魔法使いのチートな道具のおかげです、とは言えない。


「女のパートが得意だなんておかしいだろ」


王子の黒真珠のような瞳が、キラリと光る。


「えっ?」


「だって君は…………男なんだから」


心臓がドクン! と跳ねた。


バッ、バレた……!





☆☆☆☆☆





曲が終わり、会場にいる客たちから拍手が沸きおこる。


「王子様わたくしともダンスを」「フィリップ殿下わたくしともぜひ」「いいえわたくしと踊ってくださいませ」


王子様に言いよる良家の子女たちを見て、前世のバーゲンセールに群がる女たちを思いだした。


日本でも異世界でも、深窓のご令嬢だろうと平民だろうと、こういうときの女って怖い。


見てくれは美しいが、目つきは獲物えものをかるときのたかのように鋭い。


最優良物件、婚約者のいないイケメン王子様を、虎視眈々こしたんたんと狙っている。


王子様は、深窓のご令嬢たちの申しでを丁寧ていねいに断り。


「失礼、ボクはまだこちらの姫君と話があるのでね」


と言いオレの手をとる。


「もちろん、ついて来てくれるよね?」


と言った王子の目には「拒否したらどうなってるかわかってるんだろうな?」と書いてあった。


オレは無言でうなずく。


王子に手をひかれ、ダンスホールを歩く。


女たちの射るような視線が、背中に刺さる。


シンデレラ《オレ》を険しい表情でにらむ女たちの中に、継母と二人の義理の姉もいた。


三人は王子と踊った姫が、シンデレラ♂だとは気づいてないようだ。


本当は逃げだしたい。


城を出てさくっと港に向かいたい。


今からじゃ家に帰って、荷物を持って港に行くのはムリだ。


だけど家に寄らず、港まで走っていけばまだ間に合う。


ガラスの靴を売り払って、路銀ろぎんの足しにしようと考えていた。


だというのにオレの意思に反し、ガラスの靴とドレスが勝手に動き、王子のあとを追いかけていく。


ダンスが終わったというのに、靴とドレスはまだオレの言うことをきいてくれない。


やっぱりこの靴とドレスは呪われてる。

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