第2話「オレは舞踏会なんか行きたくないんだ!」

―舞踏会当日―



継母と二人の義理の姉は、めいっぱい着飾きかざって出かけていった。


オレは舞踏会に行けないかわいそうな末っ子のフリをして三人を見送った。


瞳に涙を浮かべ継母たちを見送るシンデレラオレを、三人は馬車の中であざけり笑っていた。


オレが泣いているのは悲しいからではない。この生活から抜け出せると思ったら、嬉しくて涙がでてきたのだ。


三人を乗せた馬車が見えなくなるのを待って、オレは行動を開始する。


急いで女物のドレスを脱ぎ隠しておいた男物の服に着替えなくては! 荷物をもってこの家をでる!


オレが屋敷の中に戻ろうとしたとき……。


「そんなに泣いてかわいそうに……」


どこからか女性の声が聞こえた。


振り返ったオレの目に現実ではあり得ない光景が飛び込んできた! キラキラとした光が集まり人の姿へと変わっていく。


上品な青いドレスに身を包んだブロンドの髪の女性が宙に浮いている。目鼻立ちのととのった、年齢不祥の美人さん。


手には小さなステッキを持っている。絵本やアニメで見たことがある。


美魔女……もとい魔法使いのおばあさんというやつだ。


「おばあさん」というには、若すぎるから「魔法使いのおばさん」と言うべきか。


いや「お姉さん」と呼ばないと、ぶっ飛ばされるかもしれない。


「舞踏会に行きたくて泣いていたのね、でも大丈夫よ。私があなたの願いを叶えてあげるわ」


魔法使いのおばさんが、穏やかな笑みをたたえる。


しまった!


舞踏会に行きたくても行けない薄幸はっこう少女少年の演技が迫真はくしんすぎて、魔法使いのおばさんを呼んでしまうなんて……!


このままだとドレスを着せられ舞踏会に行かされてしまう! 王子と一曲ダンスを踊っただけで結婚なんて冗談じゃない!


「いえ結構です、間にあってます!」


オレは新聞のセールスを断るときのように、毅然きぜんとした態度で魔法使いの申しでを突っぱねた。


「まぁまぁそう言わないで! いま素敵なドレスを出して上げるわ。それから馬車と御者ぎょしゃも必要ね」


「いえ、本当にいりませんから!」


「あなたって奥ゆかしいのね。慎み深い上に、上品、そういう子は好きよ! 気に入ったわ。いつもよりサービスして特別なドレスと靴を出してあげちゃう! そ~~れチチンプイプイ~~!」


おい! 聞けよ人の話!


オレの言葉を無視し、天然な魔法使いが杖をふるう。


杖の先からキラキラした光りの粒子が飛びだす。


オレのうす汚れたつぎはきだらけのドレスが、目にも鮮やかなブルーのドレスに変わる。


固い木の靴は、ガラスの靴へと変わり。


カボチャは馬車に、ネズミは馬に、トカゲは御者ぎょしゃに変わっていく。


アニメやゲームのワンシーンのような、美しい光景だった。


幼いころから、シンデレラの絵本やアニメや映画を死ぬほど見せられたオレは、うっかりその光景に見とれてしまった。


ほわぁ~~すげぇ~~ガチの魔法を初めてみた。


他人事ひとごとのように、目の前の光景を眺めていると。


「さぁさぁ早く馬車に乗って、舞踏会が始まってしまうわ!」


相手はチートスキル持ちの魔法使い、普通の男の娘のオレがかなうはずがない。


魔法の杖で体を浮かされ、ムリやり馬車に乗せられてしまう。


「下ろしてください! オレは舞踏会なんか行きたくないんですっ!!」


「遠慮しないで、楽しんできてね〜」


中からドアをバンバンたたくが、びくともしない!


「ちょっ、開けてください! 下ろして~~!」


扉には鍵がかかっているのか、押しても引いても動かない。


「魔法は十二時になると解けてしまうの、十二時の鐘がなり終わるまでに帰ってきてね」


魔法使いがにこやかに笑い杖をふるうと、馬車が走りだした。


「下ろしてください! オレ舞踏会になんか行きたくないんです! 他に行くところがあるんです!!」


走る馬車の窓から顔をだし、魔法使いにうったえる。


魔法使いはえびす顔で手を振っていた。


あれは絶対に「良いことしたあとは気分がいいわ」という顔だ。


余計なことするなよ! 


オレは舞踏会なんかに、行きたくないんだよ!





☆☆☆☆☆





「行き先変更! 港に向かってくれ!」


オレは御者ぎょしゃに向かって叫ぶ。


女の子のかっこうだし、荷物も家に置いてきてしまったが、船のチケットはポケットに入っている。


チケットさえあれば、身一つでも船に乗れる!


「この馬車は自動オート運転になっており、お城以外には行けません」


うそだろ!


御者の言葉に血の気がひく。


つうか自動オート運転なら、御者はいらないだろ!


馬車の窓は小さく頭を出すのがやっとだ。


シンデレラ♂のほっそりとした体でも、抜けだすのはムリだ。


仮に窓からでられたとしても、猛スピードで走る馬車から飛びおりるのは危険だ。


しかたない。お城についたら走って港に向かおう。


つうか、ガラスの靴で走るとかなんの拷問ごうもんだよ。





☆☆☆☆☆





馬車が城につく。


城門のところで下ろしてくれればいいのに、馬車は城門をくぐり、広い庭を駆けぬけ、お城前で止まった。


オレは馬車を下りよ港に向かい駆けだす……ハズだった。


「ちょっ、この靴とドレスどうなってるんだよ!?」


ガラスの靴とドレスが勝手に動き、オレを建物の中へと導く。


「魔法使い様の特別使用の靴とドレスでございます。その靴とドレスが王子様のところに導いてくださります。その上この靴とドレスを身につけていれば、ダンスの素人しろうとでもダンスの達人になれます」


御者が淡々と説明する。


冗談だろ! なんだよそれ、そんな話きいてないぞ! 


魔法というよりもはや呪いだな。


物語のフラグはそう簡単には折れないらしい。


オレ《シンデレラ♂》は、王子様とダンスする運命から逃げられないのか?


そう言えば魔法使いが「特別なドレスと靴を出してあげちゃう」とか言ってたな。


オレがお城に行きたくないとごねたから、こんな呪いのアイテムを装備させられたのか?


「お城の舞踏会に行きたかったの、魔法使いさんありがとう」とか言っておけば、呪われたドレスと靴を出されることはなかったのかもしれない。


ダンスホールに向かって勝手に歩き続けるガラスの靴を見て、童話の「死ぬまで踊り続ける赤い靴」を思いだしてゾッとした。


あれはペローじゃなくて、アンデルセンの話だったかな?


どちらにしても恐ろしいことに変わりはない。





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