第3話 笑われたくない

 創作ダンスを発表するときがやってきた。

 憎らしいほど晴れた空が青すぎて、泣きたくなる。

 重い足を引きずって体育館シューズにはきかえると、いつもと同じように準備体操がはじまって、淡々と授業は進んでいく。


 ずっと下を向いていたけど早乙女さんたちの出番がきたから、ふと顔をあげた。

 流行の曲で悪くないダンスを披露している。

 続いて、ダンスを習ってる八木さんたちのグループ。テンポの速い曲と本格的なヒップホップダンス。同じ中学生とは思えない完成度で、あちらこちらから「すごい!」の声があがった。でも宮ちゃんがワンテンポ遅れて躍っている。泣きそうな顔をして。


 もし、万丈さんが私の前に現れなかったら。


 宮ちゃんと一緒に八木さんのグループに入って、私が泣いていたかも。

 激しいダンスについていけない宮ちゃんは、とてもつらそう。思わず視線をそらしてしまった。

 そしていよいよ私たちの出番がやってきた。

 心臓の音がやけに大きく聞こえて、緊張しまくっている。

 

「ダンスをうまく見せる最大のコツは、堂々と大きく動くこと。だったよね?」


 声が勝手に震えるので万丈さんの腕にすがりついた。

 とても温かくて、ふんわりとやわらかい。そのやさしい感触がうるさすぎる心臓の音を少し穏やかにしてくれた。


「柏原さん、絶対に下を見ない。これも忘れないでね」

「うん。下を向くと座ってる早乙女さんたちと目が合うもんね。視線を斜め上に。だったよね」

「そうよ。それじゃ、はじめましょうか」


 スタスタと私の前を歩いていく。

 その後ろ姿に勇気づけられた。

 そうよ、私たちは『どすこいダンス部』とバカにされてもがんばってきた。

 キレッキレのダンスはできないけど、大丈夫。いつも通りにやればいい。

 よし、ここで深呼吸だ。

 大きく息を吸って長く吐き出した。でも、チラッと目が泳いで早乙女さんたちを見てしまった。


 早乙女さんは私たちを指差している。

 曲がはじまったら思いっ切り笑う準備をしていた。

 せっかく落ち着きを取りもどしていたのに、胸の奥がギュッと痛くなる。こうなると頭がゆれて、気分が悪い。吐きそう。

 口の中がからからに渇いて、体が一気に硬くなる。


「それじゃ、次。柏原さんと万丈さんのグループ。えっと……」

 

 先生がプリントをのぞき込んで言葉を詰まらせた。

 すると万丈さんが右手を高くあげる。


「万丈百葉と柏原聡美。グループ名『笑いたきゃ、笑え!』はじめまーす」


 え?

 思わず声が出そうになったけど曲がはじまり、私は慌てて手足を動かした。

 グループ名に『笑いたきゃ、笑え!』とは……「ぽっちゃり、なめるなよ」の万丈さんらしい。

 どうせ、なにをやっても笑うんでしょう。それならさっさと笑えよ。そういっている。


 この先制攻撃に早乙女さんたちは怒り出すかもしれない。

 ものすごく不安だったけど、最後まで躍りきっても笑い声はなかった。それどころか先生が。


「はい、よくできました。ダンスは踊る人数が多いほど迫力があって美しく見えます。でも、万丈さんや柏原さんのようにペアで息をぴったり合わせたら、基本の動作だけでもかっこよく見えますね」


 と、拍手してくれた。

 そのとき早乙女さんと目が合ったけど、苦々しい表情を浮かべてすぐに視線をそらされた。

 はじめて向こうから顔を背けたので、私は目を丸くした。


「かっちゃん、すごいね。上手だったよ」


 宮ちゃんが小さく拍手してむかえてくれた。


「あーあ、かっちゃんと組めばよかったかなぁ」


 後悔の言葉をこぼした宮ちゃん。

 万丈さんが親指をグッと立ててニカッと笑うから、私は爽やかな風を感じた。

 ほどよい冷たさの風は額からながれる汗と臆病な心を消し去り、初勝利の嬉しさを運んでくる。


「そっか」とつぶやいて、私はようやく笑顔になった。

 人と違うことを恐れて周囲に意見を合わせてきたけど、自分の意見をしっかり相手に伝えてみるのも悪くない。

 ありがとう、万丈さん。

 胸の中にあった分厚い殻がスッと溶けて、体が軽くなった気がした。





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最後に勝つのは私たち 江田 吏来 @dariku

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