転んだら支える

春嵐

左側の暖かさ

「ほらほら。こわくないから。おいで」


 ナイトアイススケートの、リンク。


 屋外で気軽に楽しむタイプのやつ。


「ちょ、ちょまっ、待って」


 どうしても、身体が支えられない。足元が震える。


「お、おお。おおお」


 すごく、ゆっくり、じわじわと、前に進む。


「おっ、おお。進んだっ。進んだよっ」


 曲がれないし止まれない。


 そこそこ人がいて、そのほとんどが軽快に走っているなかで。自分だけが、おそろしく、ゆっくり。


「うわっ」


 うしろから、ぶつかられた。


 せっかくゆっくり安定していた体勢が、崩れる。前のめりになって。靴が氷を噛まなくなって。倒れそうに。


「よいしょ」


 腕。胸。


「よくできました」


 彼女の、からだ。


「わたわたしないで。ゆっくり。靴を地面に。そう。平行に」


 言われたとおり、靴を氷面に噛ませる。


「よいしょ」


 彼女。くるっと回転して。


 自分の左隣に。腕と身体を支えてくれる。腰に、彼女の手が回って。


「行きますよお」


 彼女が、滑りはじめる。腰と腕と身体が密着しているので、同時に自分も。滑りはじめた。


「うわあ」


 速い。


 いつも車椅子から見る景色の、何倍も。


 周りの人。街の景色。車よりも遅く、車椅子よりも速く。流れていく。


「綺麗」


「たくさんよそ見していいわよ。私が隣で滑ってあげる」


 夜。


 寒さのなかで。人混みのなかで。


 自分の左隣だけが、世界中の何よりも。


 暖かい。




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転んだら支える 春嵐 @aiot3110

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