クリストファー・ヴァン・ストーカーの日記 四日目

 5月6日 晴れ時々曇り。


 なんとも情けないことに、昨夜もヴァンパイア退治は失敗に終わった。


 しかし、これは全面的に俺のせいではない。


 ヤツの悪運が強いと言おうか、こちらが運に見放されているとでもいおうか……とにかく、俺にヴァンパイア・ハンターの才がなかったからではけしてないのだ。


 先ず昨夜の失敗の始まりは、予想外にも城に侵入できなくなっていたことだ。


 昨日も日の落ちる前に仕事に取りかかろうと、怪我を押して、夕刻前にはノスフェル卿の城に到着していたのだが、行ってみると驚いたことには、いつの間にやら城壁の上に泥棒返しの尖った鉄柵が設置されていたのである。


 これでは前日のように城壁を乗り越えて侵入するのは容易ではない。下手をすれば、敵の元に辿り着く前にこっちがあの鋭い柵の先端で串刺しになってしまう。


 だったら正々堂々正面からと、城の大門が開くかどうか調べてみたが、こちらもなぜか、前日以上に堅固に閉ざされており、人間一人の力では、到底、開けられそうになかった。


 ヤツめ、どうやら俺の襲撃を恐れて、大急ぎで城の改修をしやがったようだ。ったく、ヴァンパイアのくせに、なんとも腰抜けチキンな野郎だぜ。


 まあ、そんなこんなで、城への侵入を諦めざるをえなくなった俺は、向こうから城の外に姿を現すまで、やむなく門の外でじっと待つことにした。


 そして、待つこと一時間と少しばかり。すっかり夜の帳も下りた頃、敵はゆっくりと大門を開け、のこのこと俺様の御前に出てきたのである。


 ヤツが現れるまで待ち遠しかったが、その間、俺もただ待っていたわけじゃない。そこが三流のヴァンパイア・ハンターと超一流である俺様の違うところだ。


 本当は城の中で焚いてやるつもりだったのだが仕方ない。俺は門の前で香を焚き、辺りにその匂いをたち込めさせておいたのである。


 香はその場を清浄にするものであり、その芳しき匂いはヴァンパイアなどの魔物が嫌うものだ。


 ところが、ここで思わぬ誤算がまた起きた。


 ノスフェル卿は、香の匂いを嗅いでもまるでなんともなかったのである。


 なぜだ? 風邪で鼻でも詰まっていたのか?


 誤算はさらに続いた。


 香が効かないと知った俺は、今度は用意してきた野薔薇の花束を相手に投げつけてやった。


 これも伝統的にヴァンパイア等から非常に恐れられている代物である。


 しかし、またしても効果なし。どういうわけか、ヤツは野薔薇の直撃を食らっても苦しんだりも何もしないのだ。


 おかしい……いったい、なぜなのだ?


 しかし、またしても効果なし。どういうわけか、ヤツは野薔薇の直撃を食らっても苦しんだりも何もしないのだ。


 おかしい……いったい、なぜなのだ?


 そこで、とうとうこちらも最終手段に出ることとする。


 即ち、教会で祈祷してもらった聖水をヤツに思いっきりぶっかけてやったのである。

 

 これはそんじゃそこらの水ではない。その日の昼間に、街にある教会で神父様にお祈りしてもらった、できたてほやほやの聖水だ。


 神の御力が宿った水をかけられれば、悪魔の眷族たるヴァンパイアはひとたまりもないはずだ。


 あ~あ、もう知らないぞ? こんな情け容赦ない手段にまで俺を駆り立てたのは、皆、お前の往生際が悪かったせいだ。すべて、お前が悪い。恨むんだったら、自分の悪運の強さを恨むんだな。


 ノスフェル伯爵が完全に頭から聖水を被ったその時、俺は勝利を確信していた。


 だが、いったい、これはどういうことなのか? それでもノスフェル卿は平気でいるのだ!

 

 あれだけたっぷり聖水をかけられたのに、苦しむ風でも、身体が焼けるような風情でもない。ただ、冷静にハンカチを出して濡れた顔を拭き、無礼だとかなんだとか、わけのわからないことをくっちゃべっている。


 おお、神よ! これはいったい全体、どうしたことなのだ!?何がどうなっているとおっしゃられるのか?


 もしかして、神父様に拝んでもらう時間が短かったか?確かに忙しいと言うところを無理に急かしてやってもらったからなあ……。


 あまりのことに、さすがの俺もいつになく動揺してしまったが、悪魔のようなヤツの目の前で、それは命を危険に晒すことを意味している。


 そんな俺様の心の隙をつき、卑怯にもヤツは渾身のパンチを一発、無防備な俺の顔面に食らわせたのである。


 その魔性の力が宿った拳に俺は意識を失い、次に目を覚ました時にはすっかり朝になっていた。無論、ヤツも安全なネグラに逃げ帰った後である。


 ヤツに殴られたところは痣になっていて、今もまだ痛い。


 まあ、幸い俺は優れたヴァンパイア・ハンターだったからこの程度ですんだが、もしこれが普通の人間だったなら確実に命を失っていたところだ。


 それにしても今回は大いに誤算尽くめだった。


 ほんとこれはどうなっているんだ? これもすべてヤツの悪運のなせる技なのか? それとも、もしかしてヤツは稀に見る特異体質のヴァンパイアとかか?


 とにかく、再び今夜リベンジだ。今度こそ、三度目の正直でヤツをこの世から滅してやるのだ!


 聖水でダメならば、もっと強力な神の力を味合わせてやる。


 いろいろと予想外のことが続いたが、この程度では俺はめげたりなどしない。

 

 そう。俺はヴァンパイア・ハンター界のスーパールーキー、クリストファー・ヴァン・ストーカーなのだから。

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