きみといっしょに ③

 何度も巡ってゆく季節をみかちゃんと過ごした。

 みかちゃんは、ぼくよりもずっとお姉さんになった。とっても可愛い、お姉さんだ。元気いっぱいの顔は、昔からずっと変わらないのに、にこにこ笑った顔は子どもの可愛いから、少女の可愛いに変わってきた。ずいぶんと背が伸びて、ぼくが首をのばして見上げないとみかちゃんの顔が見えない。みかちゃんは、いつもしゃがんでぼくの顔を見て話をしてくれるけど、それは子どもに何か言い聞かせている大人みたいに見えて、ぼくはちょっとくやしかった。

 ぼくは、大きくなれなかった。大人になるイメージが、ぼくのなかにないからだ。6歳で死んでしまった。だから、ぼくはぼくがどんな大人になるはずだったのかを知らない。洋服みたいに、ぼくがそれを着ていると思えば再現はできるはずなのに、ぼくはぼくのからだがどんなふうに大きくなるのかを知らないし、あの環境で大きくなれたとは思えなかった。

 たくさん、みかちゃんと過ごして、たくさん、一人で考えて、ぼくはぼくが生きてきたたった6年と少しをちょっとだけ客観的に見れるようになっていた。ぼくは、どうあがいてもきっと生きられなかった。

 もう、死んでからも同じくらいの時間が経って、みかちゃんは中学生になって、まだぶかぶかの制服をきて毎日学校に通っている。これからどんどん大きくなって、今はぶかぶかの制服が、ちょうどよくなるんだって。

 見ないふりし続けたさようならの門が、まだそこにあるのかはわからない。ときどき、その門をくぐってしまおうかと思うことがあるけど、だからこそちゃんと目を合わせて見ることができない。だって、ぼくがいなくなったら、みかちゃんはきっとたくさん泣いてくれるから。


「たける、私はあなたを誰よりも愛してるわ。ずっと、一緒にいようね。」

 幼いままのぼくに、みかちゃんが囁く。その姿は、きっと異様。みかちゃんは、ぼくに憑りつかれてるんだ。ぼくが、みかちゃんに囚われているように。

「……うん、だけど、ぼくは、…」

 君と一緒に大人にはなれない。ぼくらは、手をつなぐことだってできないまま。君にはもっといい生き方が、あるんじゃないかな。ぼくよりも、もっと温かい、血の通った、生きている人間のほうが……。

「たけるが何だっていいの。私を置いて行かないで。お願い、たけるが好きなのよ。」

 みかちゃんが、震える声で、泣きそうな顔で、ぼくの顔を覗きこむ。ああ、なんてかわいそうなんだろう。ぼくは、みかちゃんを傷つけてばかり。だけど、大好きな子が、泣くほどぼくと一緒にいたいって言ってくれる。うれしい。胸の中いっぱいの温かい熱は、からだももたないぼくには隠せない。かわいそうな、みかちゃん。だけど、そんな君が、ぼくを幸せにしてくれる。

 ぼくが、みかちゃんを幸せにできるとしたら、それはきっといなくなること。

 だけど、だめなぼくにはそれができない。ぼくを忘れて幸せになって、なんて言えない。忘れられたら、もうぼくはだめになってしまう。幽霊のこころすら、汚らしくなって朽ち果ててしまう。忘れないでってすがりついてしまう。でも、君に忘れないでって言っていなくなるなんて、ひどいことはできない。

「………うん。」

 ぼくは、俯いた顔を上げることができなかった。ぼくは、幽霊になってもちっともいいこになれない。本当に、わるいこなんだ。君を、不幸にする。

 みかちゃんの瞳が、歪んだ狂気をたたえてることなんて、ぼくには気づくことができなかった。


 なんだろう、なんでだろう。

 いつもの場所で今日もみかちゃんを待っていると、みかちゃんは知らない男の子と手をつないで歩いていた。ときどきふざけ合って触れる肩が親しげで、みかちゃんのふわふわの可愛い髪が、男の子の腕の上で跳ねている。

 みかちゃんは、振り向かない。男の子と笑い合って、ぼくを見ない。

 呼吸なんてしてないのに、息ができない。心臓は脈打ってないのに、胸の中で鼓動が暴れる。何も詰まっていないはずの頭が、真っ白で。

 寒い。苦しい。

 男の子の指が、みかちゃんの頬に触る。柔らかそうな頬が、指の形にへこんだ。ぼくには、触ることができないのに、この男の子はみかちゃんに触れている。

 憎い。悔しい。ああ、ぼくのみかちゃんに触れる男が憎らしくて、おかしくなりそうだ。

 ばちんと大きな音がした。弾かれた男の子の指からは、血が流れている。唖然とした顔をして、男の子は呻いてみかちゃんから離れた。心配そうな顔をして、みかちゃんが男の子の怪我を見ている。そして、こっそりとぼくを振り返って、幸せそうに笑った。

 ぼくは、どんな顔をして立っていただろう。

 それから、みかちゃんがその男の子と一緒に去っていく後姿をぼんやりと見送った。

 ぼくは、ぼくが信じられなかった。人を、傷つけるなんて。嫉妬で我を失うなんて。今まで誰かに感じたことがない憎いという感情を、ぼくがもつだなんて。

 さようならの門が、それ見たことかとぼくをあざ笑っている気がした。

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