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 ここは、とあるバッドエンドのお話の中。とある小さなお家の中。


 アンヌの服装や太郎たろうの持ち物、コスタス達がカレーパン食べてたあたりで気付いてくださった方もいらっしゃるかもしれませんが、バッドエンドの主人公達は現代の文化についてもある程度把握しています。

 万が一、比較的最近のお話にセンサーが出た場合にそのお話の世界観に戸惑わないようにするためです。また、現代に便利な道具があったらセンサー退治に活用することもできるからです。


 小さなお家の主である、この物語の主人公も、現代の道具を使いこなしていました。


 ♪~ ♪~ ♪~

 ワクワクするBGMが流れる部屋の内部は、けれどそれとは裏腹の雰囲気でした。

 空調で常に一定の温度になるように設定されているため、空気はいつも生暖かく。

 壁や天井には、赤ともピンクとも言える色の大きな紙が余すところなく貼られています。床にも、同じ色合いの絨毯が一面に敷かれています。

 天井から吊るされた電灯は弱く、しかも赤いセロファンが貼られているため、赤みがかった闇が部屋中に満ちています。


 そんな闇に照らされる、紅色の座椅子に腰掛け、机に向かっている影こそが。

 両目が隠れるくらい目深に赤い頭巾を被った子ども―赤ずきんです。


 ♪~ ♪~ ♪~

 メロディは、スタンドホルダーに乗せられたタブレット端末から発されているものでした。

 ひたすら画面を指でタップする赤ずきん。画面には、大きなドラゴンと、それに対峙する剣を構えた戦士のキャラクターが映し出されています。戦士は赤ずきんの指の動きに呼応してドラゴンを切りつけたりビームを放ったりしています。

 やがて、戦士が一際派手なビームをドラゴンに打ったかと思ったら、ドラゴンが倒れ、ファンファーレのような音楽が流れました。戦士が勝ったのです。


「……」

 勝利したのに表情一つ変えない赤ずきん。お祝いのメッセージが表示された画面をしばし無言で眺めてから、もう一度タップして持ち物を確認する画面に遷移した…… ところで、気が付きました。


うりちゃん」

 突如として背後に現れた気配に向けて、振り返らずに呼びかけます。すると。


 ヒヒヒヒヒッ

 部屋中に甲高い笑い声が響き。

「やーっぱばれちゃうかー! 今日はいつも以上に気配消してみたのにー!」

 横を向いた赤ずきんと、もう一つの座椅子にいつの間にか腰掛けていたその人物の、目と目が合いました。

「……」

 赤ずきんは、何も言わずにその人の容姿を観察します。


 年の頃は十代初めくらい。

 被っていたものを脱いだことで顕になった、ウェーブのかかった焦げ茶でセミロングの髪。

 いずれも白いレースがあしらわれた、白いブラウスと黒いキュロット。

 キラキラと輝く、クヌギのどんぐりのようなくりっとした灰色の目。

 正面を向いて立っている、いわゆる立ち耳。

 そして、その耳の近くまで達するくらい吊り上がった、真っ白な歯をむき出して笑う大きな口。


「あのゲームのドラゴン倒せたんだ!? すごいじゃん、ヒヒヒッ!」

 赤ずきんはまだ何も教えていないのに、何故か知っている瓜ちゃんと呼ばれたその人。

「うん、ようやくね。ありがとう」

 赤ずきんは無表情のまま、その人―同じチャプターのメンバー、瓜子姫うりこひめにお礼を言いました。




「そんなわけで、コスタスちゃんちでエレーニちゃんとカンダタちゃんが死ぬほどくだらない理由で喧嘩始めちゃったの。傍から見てたらコントだったよあれは。ヒヒヒッ」

「チャプター組んだんでしょ? そんな感じで大丈夫なのかな?」

 桃色のくしゃくしゃしたクッションを抱きかかえていじりつつ、瓜子姫の話を聞いている赤ずきん。

「大丈夫だと思うよ。コスタスちゃんが止めに入ったら嘘みたいに即刻収まってたし。あの二人にとっては、喧嘩もコミュニケーションの一種みたいなもんだからねえ、ヒヒヒッ」

「ふーん」

「あ、あとねあとね。話は変わるけどこの前面白かったのが……」

 最近自分が見聞きした事柄を次々と話していく瓜子姫に対し、赤ずきんはところどころで一言感想か相槌をはさむだけ。知らない人が見たら無関心な態度にも感じられるかもしれません。

 けれど瓜子姫には、赤ずきんが楽しんでくれているということが分かっていました。


「ヒヒヒヒヒッ、本当、笑えたねーあれは! あとは…… 最近他に何かあったかな……」

 瓜子姫は思案するように、少し言葉を止めました。赤ずきんも、続く言葉を待って黙っていました。

 すると、机の上でピロン、と短い着信音が鳴りました。

 赤ずきんは、センサーがどこかの物語に出現した際にすぐに自分のタブレットに通知が来るように設定しているのです。

 身がこわばりました。また戦わなければいけないかもしれない、と緊張しつつ、通知内容を確認します。物語のタイトルと、センサー退治に「行く」か「行かない」かの二つのボタンが表示されています。

 その物語のタイトルを見た瞬間。赤ずきんは、まるで脊髄反射のように「行く」のボタンをタップしていました。


 瞬時に我に返りました。

「……ごめん、相談もしないで」

「いーのいーの! あなたならこのお話、絶対助けたいもんね! 付き合うよー、地の果てまで! ヒヒヒヒヒー!」

 ―瓜ちゃんも同じ立場だったら、同じようにした?―

 そう訊きかけて、けれど止めました。

「……ありがとう。今回もよろしくね瓜ちゃん」

「ヒッヒヒ、もちろん! じゃっ、準備しちゃってねルイーズちゃん!」

 赤ずきん―ルイーズは頷き。今一度、作品名が表示されている画面に目をやりました。


「赤ずきん(グリム童話版)」

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