休憩時間 私の章

 そろそろ下校時間になったので、今日の所は私たちも帰ることとなった。彼はまだまだ話し足りなさそうだったものの、時間は無限にはない。たとえそれがタイムトラベラーであってもだ。

 自動車でスパーに寄って買い出しをした後、そのままアパートに向かった。雨が降り始めて、町明かりがにじみ始めた。重い足を動かし、濡れたアパートの階段を上る。部屋についたら、夕食と明日の準備を済ませた後、イギリスの某タイムトラベルドラマでも見るかと、モニターにディスクを入れたところでチャイムが鳴る。

 覗き穴から外を見ると、雨具を着た男が扉の前に立っていた。私は用心しながらも扉を開ける。男はフードの下から無表情で私を見ていた。まるで何かを期待しているかのようだ。歳は私より少し上に見え、背は高め、りりしい顔の中に少しあどけなさを感じた。私は少し迷ってから言った。

「君か」

 目の前の男の顔に笑顔が広がった。

「そうです。お久しぶりです」

 彼は大きくうなずき、わかってくれたことに嬉しそうに答えた。

「なんというか……大きくなったな……それから夢をかなえたようだ」

「はい! 先生のおかげです!」

 まあとりあえずと、部屋に招き入れようとしたところで、彼は僕を抱きしめてきた。少し驚いたが、とりあえずされるがままになっておく。

 数秒ほどたった後、彼は照れくさそうに離れた。顔には涙がこぼれている。

「すみません……本当に僕にとっては久しぶりでして……そして本当に尊敬しているんです……」

「まだ私は君に尊敬してもらえるようなことはしていないよ」

「じゃあ尊敬の前借ってことで」

 と彼は余裕が戻ってきたのか、冗談を言って笑った。

「あまり時間がないんだろう?」

「ええ、よくご存じですね。ただ一言だけ言いたくて来たんです」

 彼は何度も時計を確認していた。見たことがない形をしている。

「あの、僕はタイムトラベルによって2千人ほどの命を救ったんです!」

 ふとテレビがつけっぱなしだったことを思い出した。せっかく目の前の彼が重要なことを言っているのに、ドラマのセリフと重なって、おかしな気分になった。

「2千人も。それはすごい。誇っていいことだ」

 私は本心から言った。

「ええ。ただ自慢をしに来たわけじゃなくて……僕は先生に教えを守って、タイムトラベラーを続けています。だから、いわばその二千人もまた、先生に救われたわけで」

「それは違う」私は首を横に振った。「おそらく私がいなくても、君はちゃんとタイムトラベラーになれていたし、自分の進むべき道を見つけられていた。だから、その二千人は、私ではなく間違いなく君が救ったんだ」

「……先生ならそういうかもしれないと、思ってました。ただ、二千人のことは伝えたかったんです。じゃあ……失礼します。会えて本当にうれしかったです」

 目の前の男は、よほど急いでいたのか、その場から去っていった。足音が数歩したところで消え去る。外を見ると、足跡もまた、途中で途切れていた。

 私は今の時間を確認した。『20××年7月11日』

 そして、金庫から紙を取り出す。そこにはいくつもの日付が書かれている。私はその一番下にある日付にボールペンで線を引いた。

 そこには『20××年7月11日』と書かれていた。

 私は部屋の中に戻り、小腹がすいたので、スープを入れて飲む。少し冷えた体が、温まるのを感じる。テレビをつけてぼーっとドラマを見た。風呂に入り、歯を磨いている途中、ふと、言うべきことだけ言って去っていった彼のことが非現実じみていて、今の出来事が夢ではなかったのだろうかという錯覚にとらわれた。それを振り払うためにもう一度外に出てみる。しかし足跡は、雨に濡れて消えていて、彼が今ここにいた証拠は残っていなかった。

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