時間内授業① 僕の章

「失礼します!」

 僕は大きな声で、職員室の扉を開けた。少し上ずった声が室内に響いたことにより、先生たちはこちらに注目する。顔から火が出る思いでそれらから目をそらし、僕は視線を巡らせた。すると一人だけこちらを見ていない人がいるのがわかる。きっと自分のような人望のない人間に用がある生徒などいないと思っているのだろう。僕は速足で大きく床を踏み鳴らして彼に近づいた。

「先生、お時間よろしいでしょうか! 将来のことに対して相談があるのですが!」

 少し顔をしかめながら先生が振り向く。もじゃもじゃとした黒い天然パーマと丸眼鏡の下から、鋭い目がこちらに向けられた。

「君か……えっと」

 彼はあたりを見回し、僕の担任の教師を探す。その先生といえば、特に忙しそうにはしていなかった。彼の視線により、僕は彼の言いたいことを察して言った。

「黒田先生は理科の先生である川西先生のほうが詳しいからって言ってました」

「そうか。ただ書類をまとめているのでちょっと後にしてもらえないか?」

「いつでも結構ですよ。ただその書類ですか」

 言葉の羅列のようなものが書かれていた。授業で話すべきことや質問が来た場合の十数通りの返答方法をまとめた紙を印刷したものに見える。やる気がない生徒に対してのやる気の出させるエピソードをネットで拾ってきたものや、無駄だった場合自然に受け流して授業を強引に進める話し方なども一瞬で見えてしまった。アルゴリズムめいた会話パターンがA4の紙にびっしりと記されている。

 それを見て僕はは視線を外す。

 彼はそのプリントをバツが悪そうに強引に折りたたみ、鞄に押し込んで、咳払いをした。

「やっぱり、今からで大丈夫だ」

「大丈夫ですよ。忙しいのなら僕は待ちます。何なら後日でも」

「いいんだ。空いている教室に行こうか」

「すみません。本当にありがとうございます」


 二人で廊下を並んで歩く。外を見てみると夕日が沈みかけているのが見え、それでも運動部は練習に励んでいた。先生は生徒指導室の使用の許可をとり、中に入って僕を招き入れた。

「それで将来のことについては」

 と先生は無表情で手を組んで言った。彼が表情を作るのが苦手なはこれまでの授業からわかっていた。

「あの」緊張により心臓が大きく跳ねる。「笑わないでもらえるって約束してもらえますか?」

「もちろんだ」

「……川西先生はあんまり笑わないから。あなた相談してもらいたかった。って言っても怒らないでくれますか?」

「それは……私は怒らないが」先生は言葉を宙から拾い上げるかのように、視線を漂わせた「その失礼さは無礼に当たるかもしれない」

「ごめんなさい。怒らせるつもりはないんです。ただ、笑われるのが怖くて……もちろん軽く笑って、緊張を和らげて揚げようって先生方なりの意思かもしれないとは、思っているんです。それでも怖くて」

「私は笑わない、それだけは保証しよう」

「わかりました……ありがとうございます」

 僕は少し深呼吸した。少し間を作り、さらに沈黙を繋げた。

 もう少し黙っている程度なら、ただの息継ぎであるとごまかせるかもしれない。

 ただそれでも自分の作った沈黙に耐えられないので、ようやく口を開いた。


「タイムトラベラーになりたいんです」


 先生が頭の奥に痛みが走った様な顔をした。こめかみを撫でて収まるのを待っている。顔を片手で覆い、持ってきた僕の成績表を眺めている。

「それは」彼はそういった気持ちを押し込めるように言った。「今の成績じゃ難しいかもしれない。南原君は成績は上のほうだが、この学校のレベルであればトップじゃないと」

「やっぱりそうですよね……ただそのあたりはわかっているんですが、先生に一番聞きたいのは、タイムスリップのルールについてなんです。よくわからないんです」

「例えば、どういったところがわからない?」

「例えば……運命ってかえられるんですか?」

 彼は手に持ったペンで尻で机をたたいた。

「それは」

「本によってもまちまちで……親にも聞いてみたんです。でもうまくはぐらかすように答えてくれないんですよ。まるで『まるで赤ちゃんってどうやってできるの?』って聞いたみたいに。いくらそれと同等の質問だったとしても、僕はもう14歳です。どうやってできるかぐらいは知っています。だから話してくれてもいいと思うんですよ。でもみんな半笑いになって『子供にはまだ早い』っていうんです」

「なるほど……君の言いたいことはよくわかった。これは非常に繊細な話でもあるんだ」

 先生はタブレットを起動して、良さそうな感じのサイトを開いた。そして机の上に置く。

「少し失礼なことを聞くかもしれないが、君の両親かまたは君自身が信仰している宗教はあるかい?」

 僕は普段通っている教会を思い浮かべた。宇宙服を着たタイムトラベラーである教祖様が、並んでいる信徒たちに信託……つまり未来の出来事について書かれた紙を配っている。

「母はトラルファマ教を信仰していました。父は……すみません、わかりません。僕が幼いころに母と離婚をして、それ以来会っていないんです。ただ宗教の違いで離婚したって聞いてます」

「トラルファマ教は宗派が多い。どの派閥かわかるか?」

 僕は必死に思い出そうとしたが、ダメだった。

「すみません。よくわからないです」

 先生はうなずいた。仏教を信仰しているが、どの宗派に属するかわかっていない子が多いのと同じくらいのことと判断したのだろうか。

「じゃあ、まず先ほど君が言った『運命は変えられるか?』問いから答えることにする。とはいってもその答えは『わからない』ということになるが」

 僕は顔をしかめた。

「どういうことですか? 実際に現在にもタイムトラベラーは存在しているんでしょう? なら皆わからないで行動しているってことですか?」

「そうじゃない。皆、運命がどうなるかわかって行動している。皆が皆、その信仰しているルール通りに運命は決定する」

「……よくわからないです。そんな信仰なんて言うあやふやなもので危険なタイムスリップをしているんですか?」

「仮に……あくまで仮に科学が絶対的なものだとしても、人は数万年単位でルールの信仰を糧に生活してきた。それをこれからも続けられたとしても不思議なことではない」

「そういうものなのですか……? だとしたらあまり信心深くない僕にとっては、不安が募ってきました」

「例えばの話。もし君が墓に死んだ後入ることを理由なく禁じられたら、どうする?」

「どうするって」

 僕はその状況を思い浮かべてみる。いやな気持にはなった。

「確かに嫌ですけど、どうしてそうなったかをまず聞きますね」

「でも理由はないんだ。ただ理由なく君は墓に入ることを禁じられる」

「それは……理不尽さを感じますね」

「そうだ。理不尽で嫌だろう。その感情があるってことは、まったくの無神論者ではないということになる」

「そうですか? 僕は人が定めた死後の扱いが決まっているのに、そのとおりに生きている人にしてもらえないことに理不尽を感じただけなんです。死後の世界を信じていることとはまた別ではないですか?」

「その人が定めた死後の扱いこそが宗教だ」

 厳密にいえば、そうではないとも先生は言う。

 宗教は神話や死生観だけではなく、生活様式に密接にかかわってくる。しかしあまり信心深くないということを自称する人に、宗教の大切さを説くには非日常時の行動から説明するとが一番納得してもらいやすい。

 そう言ったことも先生は織り交ぜて説明した。

「確かに、そこまで信仰と無縁ってわけじゃないのかもしれません。全部納得とはいきませんが、信心がゼロではないことはわかりました」

「わかってくれてうれしいよ」

「それでトラルファマ教であれば運命は変えられるんですか?」

「君はどう思う? 今までの生活してきて、お母さんから、運命は変えられるニュアンスのことは言われたか?」

「いえ……変えられないようなことばかり言われました。て……あ、そういえば小学生の頃の話なんですけど、階段から落ちて足の骨を折ったことがあるんです。でもその日の朝お母さんに言われたんですよ『あなたは今日ひどい目に合うかもしれない。だから歯を食いしばって我慢しなさい』って」

 先生はうなずいた。

「そうだ。トラルファマ教を信仰していた場合、運命は変えられない」

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