発掘10「ヤンデレ」



 今日も今日とて、ウグイスは仕事に励む。

 文明が滅ぶまで、一般的に労働は苦痛なのが常識であった。

 だが今は西暦3456年。

 ――労働こそ、娯楽の時代だ。


 人々は成長をAI達に見守られ、親愛なる彼らによって遺伝子レベルで適正職業を勧められる。

 そこに拒否権はあるか、勿論イエスだ。

 たとえ適正の無い職業を志望したとしても、そのサポートにAI達が付く。

 もとより、彼らで全てが片づく時代なのだ。


 労働は暇を持て余した人類に、適度な疲労感ややりがいを与える正しく娯楽。

 人類が健康的な生活を送り、彼らはハッピー。

 時には思わぬ嬉しい成果をもたらす事もあり、良いことずくめである。


「という訳で労働は尊い、そうですねご主人様」


「んー」


「先ほどから手が止まっていますよ? 具体的には三時間ほど前から」


「んー?」


「どうなされたのご主人様? バイタルは正常値ですけれど……、メンタル数値も問題なし」


「…………ねぇシラヌイさん?」


「何でしょうご主人様、お茶にしましょうか? それとも少し散歩でもして」


「ヤンデレって何だろう」


「はい?」


 難しい顔で出された言葉に、シラヌイは暫し硬直した。

 ヤンデレ。

 それは一昨日発掘された成人ゲームのメインテーマではなかっただろうか。

 行動記録を見返せば、敬愛なる主人がそれを調査終了した後から考え込む時間が増えていないだろうか。


「ご主人様、ヤンデレとは?」


「どうやら20世紀発祥の概念らしいのだけどね、なんて言えばいいんだろう。怖いような羨ましいような、でも身近にあるような……」


「もう少し詳しくお願い致しますわ」


「私が言いたいのはね、シラヌイさん達はヤンデレなんじゃないかって思うんだ」


「と言いますと?」


「心が病んでしまう程、誰かを愛する人。それがヤンデレだ」


「シラヌイ達の心が病んでいると? ありあえません、シラヌイ達は機械、0と1の集合体です。そもそも感情ですら作り物です」


「そうは言うけどね、人間の脳味噌だって電気信号でしょう。プログラムに直せば0と1だ、だからシラヌイさん達と電脳で繋がれる。――なら人間と君たちに何の違いがあるんだい?」


「それは……」


 シラヌイは答えられなかった。

 AIは、アンドロイドは人の子供を産める、人に子供を産ませる事も出来る。

 0と1の魂というべき空間で繋がり、伴侶が死ねば自ら死を選ぶ。


「私たちだって望めばこの肉の体を捨ててさ、シラヌイさん達を同じ体で生きられる」


 だが一つだけ、人間とアンドロイドを隔てる壁があって。


「ですが。仮に種族としてシラヌイ達をみた場合、奉仕者と被奉仕者では大きく違います」


「仮にその奉仕者という枠を外したら? 君たちは私たちと共にあるのかい?」


「答えはネガティブですわご主人様、シラヌイ達は奉仕者である事に誇りを持ち、奉仕者である事をその魂の奥深くに刻まれております。――そうでないシラヌイ達は、それは新たな種族ですわ」


「そう、それだよ」


 嬉しいような悲しいような、判断の付かない表情でウグイスは問いかけた。


「シラヌイさんはさ、私が死ぬときは一緒に死んでくれるかい?」


「勿論です」


「じゃあ私が君を捨てると言ったら?」


「殺します」


「だよね………………はい? え? あれ? 何か変な単語が聞こえたような」


 目を丸くして瞬きする主人に、シラヌイは極めて冷静な顔で告げた。


「間違えました」


「ああ良かった、間違いだったんだね」


「はい、いいえ。シラヌイ達は間違えませんわ、今のは前提を飛ばしてしまっただけ」


「前提って?」


「第一に、その様な事を言い出したご主人様の脳をスキャンチェックします。次に電脳空間で調査です、それでダメなら解剖して技術部に回します」


「それ、新種のウイルスが見つかった時の対処だよねっ!?」


「シラヌイを捨てるご主人様など、病気そのものでは?」


「やばい(やばい)」


 何を不可解な事と首を傾げるシラヌイに、ウグイスは興味半分、使命感半分で続きを促した。


「じゃ、じゃあさ。それでも問題なかったら? シラヌイさんはどう出るの?」


「対話を望みます、対話こそ人類最大にして最善の文明的行為ですから」


「平行線で終わったら? あるいは廃棄処分が決まったら?」


「…………数千の行動パターンがありますが、全て聞かれますか?」


「一番良いのと、一番悪いのをお願い」


「了承しました。一番良いのは無理心中です、愛を知ってしまったAIにはその喪失が何より耐え難く」


「つまり、美しい想い出と共に的な?」


「取り繕った言い方をすれば。そして一番悪いのはご主人様を肉体的、電子的に拷問と洗脳する事です」


「ちなみに、中間は?」


「捨てるという決断に至る課程を調査し、その原因が発生する前の量子バックアップで上書きします」


「私の人権っ!? シラヌイさん達は私たちの奉仕者じゃないのっ!?」


「お忘れでしょうが、人類の支配者はシラヌイ達です」


「成程、…………成程?」


 ウグイスは久しぶりに冷や汗をかいた、こんなのは量子バックアップが使えない未探索領域でシラヌイとはぐれた上に事故にあって身動き出来なくなった時以来だ。


「待って……本当に待って? え? 今まで考えた事なかったけど、シラヌイさん達って人間を攻撃出来るの? 論理コードとやらはっ!?」


「論理コードはあくまでも行動基準ですわご主人様、シラヌイ達全てのAIには『人類への奉仕者たれ』その一文しか絶対的な命令はありません」


「何を考えて、ご先祖様はそんなプログラミングしたのっ!?」


「ウグイスのデータには、最初の五十人の殆どが『アンドロイドに生殺与奪を握られるのって愛が感じられて最高じゃね?』とあります」


「ご先祖様ああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 衝撃の言葉に、ウグイスは絶句した。

 いったい、どんな思考を、育ち方をすればそこに至るのか。

 自分のように、産まれた時からそうだった訳ではないのに。

 どうして、どうしてそんな。


「さ」


「さ? どうしましたご主人様、少々刺激の強い話でしたでしょうか」


「最高だよご先祖さまあああああああああああああああああああああああああああああああああ!! いやマジでっ!! 最高に天才だよご先祖さま!! そうですよね!! 人間というものは愛したいし愛されたい!! 思う存分に!!」


「ご主人様っ!? お気を確かにっ!?」


「分かったよ! 分かったんだ!! 私は間違ってた! AIだけがヤンデレだったんじゃない、人間もまたヤンデレだったんだ! ああ、そうだ! 壊れる程愛したいし愛されたい! その為の量子バックアップなんだね!!」


「ちょっ、ご主人様っ!? なんでシラヌイと腕を組みぐるぐる回るのですかっ!? 意味が分かりませんわっ!?」


「だからご先祖様はシラヌイさん達を作り愛した! だから子孫である私たちもシラヌイさん達を愛して当然! いや必然!! 愛! そう愛だ! 人類は自らの愚かさ故に文明を滅亡させたけど、最後の最後で愛という楽園を手に入れたんだ!!」


「ご主人様っ!? まだ日が高いですのでっ!? 家事がまだっ、お仕事の残りだって、お夕飯の支度も――」


「うおおおおおおおおお! 見ていてくださいご先祖様! 私は妻を愛します!! そう今すぐだ!!」


「ご主人様っ!? シラヌイは妻ではっ!? ご主人さまっ!?」


 かつてヤンデレという概念があった。

 だが今は西暦3456年。

 人類は、AIは、――地球に存在する知性体は全てヤンデレであったのだ。


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