発掘9「課金兵」



 繰り返し言おう、西暦3456年において散逸してしまった資料、失伝してしまった風習、などなど。

 残っている物を数えた方が早いというものだ。

 今日のウグイスの調査は、旧世代のネットワーク。

 WWWの海からサルベージされた、不可解な単語。


「ご主人様、今日はどの様な調べ物で?」


「とある単語さ、どうやら20世紀発祥の経済に大きく影響を及ぼしたとか及ぼさないとか。そんなあやふやな物を調べろってさ。私はフィールドワークでアキハバラに行きたいのだがなぁ……」


「これも人類復興の為ですわ」


「はいはい、AI様の為にってね。――しかしゴールド・ソルジャーって何だろう。しかも私の専攻のアリアケ文化が出所だって言うじゃない?」


「何が分からないのですか?」


「ゴールド・ソルジャー、つまり兵士って事だけど。当時のニホンには兵士はおらず、警備員しかいなかったんだよ」


「成程。先日の発見において、超能力者の存在が否定されましたからね」


「そうなんだよ。それがなければ、政府が秘密裏に組織した超能力兵団だと結論づけたんだけど」


 ウグイスとシラヌイは、過去の資料をジャンル問わず片っ端から検索をかける。


「ゴールド・ソルジャーで該当は無しか……」


「社会に影響を及ぼしたのなら、雑誌や同人誌にも多少なりとも記述があると思ったのですが。見事にありませんね」


「掲示板や個人のホームページ、小説サイトなら出てくるんだけど。どうみても創作なんだよな」


「考え方を変える事をお勧めしますわ、ご主人様」


「考え方を変える…………、そうだ! こないだ32世紀のアンドロイドの新感覚素子を使った皮膚が再現されたんだ、そろそろ張り替えないかい?」


「思考を飛ばし過ぎでは?」


「そうかい? なら、新しい性器ユニットは?」


「シラヌイはご主人様の妻ではありません、もっとも夜伽相手として不満がございましたら胸部ユニットの拡張をお願い致しますが」


「成程、ならシラヌイさんには新妻風エプロンを送ろう」


「六年以上経過しても、新妻と呼ぶので?」


「その台詞、私の奥さんって認めてくれた?」


「ご冗談を。そもそも現実的な話として、シラヌイへの貢献ポイントを使いすぎですわご主人様。家計を圧迫しはじめています」


「世の中、私よりもっとヘビーに貢献ポイントを使っている人が居るよ」


「…………はぁ、そうやってアリアケの経済は回っている訳ですね」


「そうそう、経済を…………っ!? これだよシラヌイさん!! これかもしれないっ!!」


 流石シラヌイさんと、抱きつくウグイス。

 彼女は少し頬を染めて、狼狽えつつもきっちり抱き返す。


「そ、それでご主人様? これとは?」


「なんで思いつかなかったんだろう!! ゴールドは金! 金といったら当時の貨幣の通称じゃないか!!」


「では検索をかけるので、そろそろ離してくださいませ」


「シラヌイさんが奥さんらしく頼んでくれたら」


「シラヌイはご主人様の伴侶ではございません」


「ふーん、話は変わるけど。技術部で物を買った明細が届いてたんだけど」


「それが?」


「どうやら最新型の子宮ユニットに換装したメイドが、この家に居るみたいなんだ。知らないかなシラヌイさん?」


「シラヌイには、主人に内緒でアップグレードする不届きなアンドロイドに心当たりはありませんわ」


 明らかな嘘だった。

 AI、アンドロイドが主人に知らせず己を改良する事など、常識も常識、周知の事実なのだ。


「知らないなら仕方がないな。シラヌイさん、命名辞典を購入して私とこの家のどこかに居る伴侶の子供の名前を考えておいてくれ」


「…………了解しましたご主人様」


 視線を泳がしつつも腕や腰の振りに浮かれが見られるメイドを横目に、ウグイスは作業に戻る。


「さて。依頼にはソルジャーとあったけれど、きっと当時では漢字で『兵士』という単語だったに違いない」


「ではゴールドは如何致しましょう」


「『金』で頼む、ついでに『重』という漢字も一緒に。昔の言葉でヘビィって意味なんだ」


「…………検索完了、膨大な記述が発見されました」


 シラヌイがホロ・ウインドウに移した結果を、ウグイスは検索数順に並べ直して手に取る。


「いいね、ウィキペディアのページがある。欲を言えば、当時の政府が発刊したと言われるエンサイクロペディアが良かったけど」


「正確さは一段下がりますが、重要な資料ですものね」


 そして。


「……やっぱり、私の思った通りだったよ」


「お聞かせ願えますか? ご主人様」


「勿論だ、ゴールド・ソルジャーとは『課金兵』の事だ」


「『課』という文字が入っておりますね、つまり金銭を割り当てる兵士ですか?」


「少し意味合いが違うね、これは当時のスラングの様だ。兵はあくまで比喩、なんて言ったらいいかな……」


「理解しました、好きな作品などに自らが得た報酬を再現なくつぎ込む病気の事のようですね」


「ふふっ、それなら私もシラヌイさんの課金兵といった所かな?」


「それを言うなら、ご主人様の忠実なるメイドであるシラヌイが。人類への奉仕者である我が同胞全てが課金兵と言えるかもしれません」


 楽しそうするシラヌイに、ウグイスは腑に落ちた表所をした。


「知っているかい? 課金の対象はゲームやマンガ、つまりは電子的な存在に対してするのが一般的だったみたいだ」


「それは興味深い事柄ですご主人様」


「これが何を意味するか、それはねシラヌイさん。人類はきっと君たち人工知能が生まれる前から、その存在に憧れ、恋し、求めていたという事なんかもしれない」


「…………人類は昔から、シラヌイ達を求めていたと?」


「きっと、その結果がシラヌイさんに繋がっているんだよ」


 愛、きっと愛が今の人間と人工知能の関係を作ったのだろう。

 二人は、過去からの愛に想いを馳せながら報告書を作り上げたのだった。

 なお余談だが。

 その日の深夜には珍しく、ウグイスの妻を名乗るメイド嫁アンドロイドが傍らに侍っていたという。


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