悪役令嬢の今後について、メイドのアンに聞いてみた

優木凛々

悪役令嬢の今後について、メイドのアンに聞いてみた


ある晴れた秋の日。

アドラー公爵邸の子供部屋で、1人の少女が頭を抱えて唸っていた。


「最悪だわ……。このままじゃ国外追放まっしぐらじゃない」


少女の名前は、イザベラ・アドラー。

公爵家の長女にして、この国の第1王子ユリウスの婚約者だ。


3日前、彼女は突然思い出してしまった。


自分の前世が、日本人であるということ。

この世界が乙女ゲーム「ドキドキハートフル学園」の世界であるということ。

そして、イザベラが卒業パーティで婚約破棄された上、国外追放される悪役令嬢である、と、いうことを。


「国外追放なんてあり得ない! 何とかしてフラグ回避しないと!」


焦った彼女は必死に考えた。


王子との婚約を解消するのは難しい。

世界を救うヒロイン・マリアの覚醒イベントがあるため、学園への入学阻止も無理。

自分が学園に入学しないという手もあるが、公爵家の令嬢であり王子の婚約者である自分に、そんなことが許されるとは思えない。

そして、学園に入学してしまえば、恐らく≪強制力≫とやらで国外追放までまっしぐらーーー。



幾ら考えてもフラグ回避の有効打が見つからず、イザベラは机に突っ伏した。


(はああ。学園入学前に既に詰んでるなんて辛すぎでしょ……。いっそのこと、プライド捨てて、王子とヒロインの太鼓持ちにでもなろうかな……)


イザベラがやけっぱちになって、そんなことを考えていると、トントントン、と、ドアをノックする音が聞こえてきた。


「お嬢様。おやつをお持ちしました」


専属メイドのアンだ。

アンはワゴンを押しながら部屋に入って来ると、机に突っ伏したままのイザベラに尋ねた。


「唸り声が外まで聞こえていましたが、大丈夫ですか?」

「……大丈夫よ。ちょっと人生に絶望していただけ」

「お嬢様が人生に絶望するなんて、世も末ですね」


淡々とお茶の準備をしながら冷静にコメントするアン。


「悩んでいらっしゃるのなら、相談に乗りますよ」

「……」

「まあ、本当に乗るだけだと思いますが」

「……なにそれ」

「特に何も解決しないけど、話したらスッキリする、と、いうやつです」


イザベラは、顔を上げた。

異国出身の平民ながらも、礼儀作法に優れて頭も良いため、イザベラの専属メイドに抜擢されたアン。

無表情で何を考えているか分からないが、口が堅くて話も分かるし、何よりイザベラを子ども扱いしない。

もしかすると、彼女なら何か良いアイディアを思いついてくれるかもしれない。


イザベラは、アンに相談してみることにした。


「ええっと、そうね……。じゃあ、アンが貴族令嬢だったとします」


アンの表情がわずかに動いた。


「…………私が貴族令嬢ですか」

「うん。例えば、の話」

「……分かりました。―――私が貴族令嬢でどうしたんですか?」

「アンには超美形な婚約者がいるんだけど、その婚約者が他の女性を好きになってしまいました」

「…………はい」

「アンは嫉妬に狂って、その女性にひどい嫌がらせをしたら、婚約者が怒って、高等学園の卒業パーティで「お前とは婚約破棄する!」と、言ってきました。


―――こういう場合、アンならどうする?」



この荒唐無稽とも思える質問に、アンは真顔で即答した。


「捨てます」

「……え?」

「そんな阿呆男アホウ、こちらからポイです、ポイ」

「え? え?」

「むしろ、結婚前に “ 顔が良いだけの将来性ゼロなロクデナシ “ だと分かってラッキーだったと思うべきでしょう」

「……」


予想外過ぎる答えに、呆気に取られて黙り込むイザベラ。

アンが冷静に言った。


「お嬢様、よく考えて下さい。

その男は、邪魔な婚約者に瑕疵を押し付けて婚約破棄した上、浮気相手とくっ付こうとしている、とんでもないロクデナシです。

しかも公衆の面前でそんなことを言い出すなんて、自分が常に正しいと思い込んでいる上に、周りが見えていない真正阿呆しんせいアホウです。―――あのバカ男のように」


最後の言葉がよく聞き取れず、イザベラは首を傾げた。


「え? なに? 最後聞こえなかったんだけど、何て言ったの?」


「……いえ、独り言です。

それより、いいですか。お嬢様。物事は表面だけ見ては真実が見えません。この場合見なければならないのは、『貴族が愛人を持つのは普通のことなのに、なぜ婚約者が嫉妬に狂って相手の女性に酷い嫌がらせしたのか』です」


「な、なぜなの?」


「その阿呆アホウが、正当な婚約者をないがしろにして、愛人にうつつを抜かしたからです。

そして、尊重されない婚約者が怒るのは当然のことなのに、それを放置した挙句、元凶である自分の態度を棚に上げて、婚約破棄を言い渡した。

そんな阿呆の将来性なんてゼロです。ゼロ。廃嫡になって地方に追いやられます」


「……やけに具体的ね」


「勘です」



随分と具体的な勘ね、と思いつつ、まあいいか、と、イザベラは話を続けた。



「……ええっと、じゃあ、もしも、その婚約者の身分が高くて、「お前なんて国外追放だ!」とか言い出したら、アンはどうする?」



このぶっ飛んだ質問にも、アンは即答した。


「追放されます」

「え?」

「そんな男と同じ空気なんて吸ってたら体が腐ります。別の国で1からやり直した方がよほど健康的です」

「……」

「でも、新しい生活のためには、3カ月くらいは準備期間が欲しいところではありますね」

「そ、そうよね! 事前準備は必要よね!」


ようやく自分と似た意見が出て、何となくホッとするイザベラ。


しかし、同時に、彼女は首を傾げた。

別の国で1からやり直すには、住む国や街を探したり、家を決めたり、仕事を決めたり、色々な準備や手続きが必要だ。

この世界の移動手段が馬なのを考えると、3ヶ月では足りないんじゃないだろうか。


「……ねえ、アン。他国で1から暮らすなら、住む国や街を探す時間とか手続きを含めて、もうちょっと準備期間があった方が良いんじゃないかしら?」


アンは静かに首を横に振った。


「……お嬢様。何を言っているんですか。そんな準備は要りませんよ」

「え?」

「この場合、住む国や街はさして重要ではありません。仕事も何とでもなります。重要なのは健全な精神。

―――つまり、必要なのは、阿呆への返り討ちの準備です」

「……は? 返り討ち?」


意味が分からず、ぽかんと口を開けるイザベラに、アンは教え諭すように言った。


「想像してみて下さい。ただでさえ浮気だなんだでストレスが溜まっているのに、公衆の面前で阿呆アホウに言いたい放題言われて終わったら、すごくモヤモヤすると思いませんか?」

「……た、確かに」

「そんなモヤモヤした思いを抱えて、新しい生活が楽しめると思いますか?」

「……無理かも」

「その通りです。吹っ切るのに少なくとも3年はかかります」

「妙に具体的ね」

「……勘です」

「ほんと?」

「―――とにかく、そんなモヤモヤを抱えて新生活を始めるくらいなら、最後に思い切りぶった切って、すっきりするべきです。

幸い、阿呆アホウは何も考えず相手の女性と遊び惚けているでしょうから、3カ月もあれば、浮気の証拠なんか幾らでも揃うでしょう。その証拠を、相手のアホが露呈したところで、突き付けてやるのです。もちろん慰謝料もがっぽり頂きます」


イザベラは思わず噴き出した。


まさか、アンから“ ざまぁ返し“ を、提案されるとは!


でも、浮気すると分かっている王子とヒロインに媚びへつらってフラグ回避を目指すより、ずっと良い。

何より、ざまぁに怯える悪役令嬢より、ざまぁ返しを狙う悪役令嬢の方がずっとかっこいい。


(決めた! 私、ざまぁ返しを狙う悪役令嬢になる!)


イザベラは、晴れやかな顔でアンに微笑みかけた。


「ありがとう、アン。何だかすごくすっきりしたわ」

「私は特に何もしておりませんが、お役に立てて幸いです」

「それでね、もしも、私が今の話みたいなことになったら、その時は協力して欲しいんだけど、どうかしら」

「婚約したての6歳のお嬢様が言うセリフでもない気がしますが、もしもそうなった時には、私のあらゆる経験を生かして、全力でお手伝いさせて頂きます」

「すごいわ! あなたにそう言ってもらえると、何が来ても大丈夫な気がするわ!

これからもよろしくね、アン!」




その後。

イザベラは、全てを見通すような助言をしてくれるアンの力を借りて、壮絶なざまぁ返しを成功させるのだが、それはまた別の話である。




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