婚姻届がオンライン化したおかげで、美少女と名高い幼なじみと勢いで結婚した

nullpovendman

短編

「ヒロ、今日から婚姻届がオンラインで出せるようになったんだってさ! 知ってた?」


 夜空のような長い黒髪をなびかせて、幼なじみの大塚おおつか桜子さくらこがニュースの話題を振ってくる。

 朝から元気なものだ。


「へぇ。そうなんだ」


 ヒロと呼ばれる、俺こと梅村うめむらひろは朝に弱いため、話半分に聞き流している。


 目をこすってみるが、眠い。

 健全な男子高校生は常に眠いものである、とは俺の名言だが、夜更かしをしていなくても眠いのはなぜなんだろうな。


 それにしても結婚か。

 高三で受験を控えた俺たちには、関係のない話である。


 婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する、とは日本国憲法の二十四条である。

 政経セーケーの授業で習った日に桜子に散々覚えさせられたので、俺は条文をそらんじることができる。

 ただし、民法の規定により、未成年については親の同意を必要とする。



「〜〜でね! 〜〜なんだって! 今日の放課後、どうかな?」


 桜子が何か言っているが、眠くて半分以上聞き取れなかった。


「ああ、いいんじゃね?」


 聞いていなかったが、放課後にどうかな、という文末からして、どうせ新しく駅前にできたパンケーキ屋に一緒に行こうとか、そういう話だろう。


 俺は適当に肯定の返事をしておく。

 長い付き合いだから、桜子の機嫌の取り方は心得ている。


「えっ!? ほんとに!? 絶対だからね!」

「ああ、任せておけ」


 なんのことかわからんけど。


 とりあえず自信たっぷりに返事をしておけば間違いないだろう。

 鼻からタピオカミルクティーを飲むとかの約束であっても、完璧にこなしてやろう。

 未来の俺に丸投げだ。


 こうして俺は桜子と謎の約束を交わしながら、歩みを進め、無事に昇降口にたどり着いた。

 桜子はスキップでも始めそうなくらいルンルンしている。

 桜子の浮かれっぷりから考えると、等身大ゲコ太郎人形(ニメートル)、税込一万八千円とかを買わされる約束だった可能性が出てきた。


 やらかしたかな。


 三年になってクラスが離れ離れになったので、桜子とは昇降口でお別れである。


「お、ヒロは今日も彼女と登校だったのか。うらやましいこって」


 ちょうど上履きに履き替えていたらしい、同じクラスの田中幸一から、軽口を叩かれる。


「別に付き合ってるわけじゃないんだけど」

「リア充はすぐそういうことを言うんだよな。はー、やだやだ」


 俺と桜子は幼稚園からの腐れ縁で、友人たちから付き合っているのか何度確認されたかわからないくらいには、仲が良く見えるらしい。

 俺としてもまんざらではないのだが、告白して関係を正式なものにする勇気がなくて、ズルズルときた結果、高三まで男女交際を宣言するには至っていない。


 ヘタレな俺を笑うがいい。


 桜子は美少女と評判で、俺と付き合っているという噂が流れても、告白して玉砕した男子生徒は少なくないと聞く。

 玉砕して関係が壊れることを恐れて、何もできない俺は、ヘタレではある。

 勢いに任せて感情をぶつけられるという意味では、玉砕男子たちを尊敬する。



 教室に入り、席に着いたのを見計らったのかと思うタイミングで、スマホが震えた。

 ポケットから取り出して確認する。

 桜子からのメッセージだ。


『今日の放課後だからね! 絶対だよ!』


 何だっけ?

 ああ、さっき約束したやつか。

 なんのことかはわからんけど。


『へいへい』と返事を返しておく。


 通学は、遅刻しないギリギリを狙っているので、カバンを下ろして教科書や筆記用具を机にしまうと、すぐに担任がやってきてSHR(ショートホームルーム)が始まる。


「今日から婚姻届がオンライン化したらしいな。先生はお見合いだったからわからないが、恋愛結婚するにはいい時代になったのかもしれないな」


 桜子も同じ話題を振ってきたな、などと考えながら、話を聞く。


 連絡事項の確認、出欠、時間割の確認をさっさと終えて、担任は教室をあとにする。

 よく言えば放任主義、悪く言えば生徒に興味が薄い担任は、SHRの時間も短い。

 授業の準備時間が長く取れていい。





 一応の受験生たる俺は真面目に授業を受けて、帰りのSHRまでを完了した。


 放課後か。

 そういえば、桜子と約束してたんだっけ。

 もう向こうのSHRも終わってんのかな。


 スマホを取り出してメッセージを送ろうとしたところ、先に桜子からメッセージが来ていたことに気がついた。


『準備しておくから、大聖堂・・・で待ってて』


 大聖堂・・・といっても、うちの高校は別にキリスト教系ではない。

 別棟の自習室に見事な意匠のステンドグラスがあり、大聖堂と呼ばれているだけの話である。


 三年の教室からは遠いからか、複数ある自習室の中でも利用者が少ない穴場スポットである。


 はて。

 放課後に食べ歩きに行くなら、わざわざ大聖堂で待ち合わせずとも昇降口でいいと思うんだが。


 ベンチで待つ俺は、相変わらず、青春の権化たる眠気には勝てず、うつらうつらと、夢の中へ……


……


「ちょっと! 起きてよ!」


 ん……? 桜子か…….?


「あと五分……」

「もう! 準備はできてるんだからね! 早く結婚しようよ!」


 そうだよな、結婚するならそろそろ起きないとな。

 え?

 何だって?


「ん? 桜子と結婚? ああ、なんだ夢か」

「夢か、じゃないよ。寝ぼけてんの? 朝約束したじゃん!」


 おお?

 朝の約束って結婚だったの??


 なんで?????


「桜子、俺まだ寝ぼけてるっぽいんだけど、結婚って両親の合意とかいるんじゃなかったっけ?」


「だから朝説明したじゃん! ほら起きて! 婚姻届のオンライン化で両親以外の保証人でも結婚可能になったんだって!」


 やっぱ夢かな。


「桜子、ほっぺたつねってくれる?」


 俺の両頬に激痛が走る。

 

 痛った!!!!

 これ現実かよ。


「わはっははらほふひひよ(わかったからもういいよ)」


 痛みと驚きで目が覚めたわ。


 桜子の横には、桜子の女友達が二人いる。

 あれか、ドッキリなのか?


 いやでも、一人は牧師風の格好まで用意している。

 いたずらにしては悪ふざけがすぎる。



 桜子の持つタブレット端末にデジタル婚姻届が表示されており、夫の欄には俺の名前が、妻の欄には“大塚桜子”が記載されている。

 あとは俺がマイナンバーと暗証番号を入力して、送信ボタンを押すと結婚できるらしい。


 準備ってデジタル婚姻届と女友達の仮装(牧師風)のことか。


「桜子と結婚するのはやぶさかではないんだけど、俺、告白もしてないのにいきなり結婚していいの?」


「プロポーズならされたでしょ、幼稚園のときだけど」


 幼なじみなら定番のやつだけど! まだ有効なのかよ!

 よくやった、幼稚園の時の俺!


「いつヒロから告白して来るかと思ってたんだけど、結局、高三になるまで関係が進まなかったし。ならいっそ、もう結婚しちゃえばいいんじゃないかって思ったんだよね。今日から簡単に結婚できるようになったし」


 すまないねぇ。俺がふがいないばかりに。


 はぁ。

 普通に両思いだったんじゃん。


 ここまでされたら、ヘタレな俺でも、漢を見せるときだな。


「桜子、俺と結婚を前提に付き合ってくれ!」


「まだ寝ぼけてるの? だから結婚するって言ってんじゃん!」


「え? じゃあ結婚を前提に結婚してくれ??」


「意味わかんないし、なんで疑問形なの? ほら、さっさと婚姻届け書いて!」


「はい……。末永く幸せにします……」


 俺がデジタル婚姻届けの入力を終えると、桜子が送信ボタンを押した。

 ポチっと。


 あ。

 結婚しちゃった。


 桜子の友達、牧師役の方が片言で例の台詞を言ってきた。


「病メルトキモ、スコヤカナルトキモ、オ互イを永遠ニ、愛スルコトヲ、誓イマスカ?」


「なんで片言なのかわからないけど。はい、誓います」

「誓いまーす」


 俺と桜子は結婚届を提出し、大聖堂で牧師(偽物だけど)に愛を誓って、夫婦となった。


 俺は相変わらずヘタレなので、この日を境に、急激に関係を変えられる、とは言い難いけれど。

 幼なじみから一歩進んだ関係になって、高校生活が華やかになっていくことは想像に難くない。


 これからは桜子と恋人っぽいことをどんどんしていきたいな。

 もう夫婦だけど。



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