悲恋記 中巻

 ***

 ――春


 初めてめごと出会った翌日にじんは退院し、 それからも仁は愛の元へ通った。

 暇潰しになりそうなおもちゃや本を持ったりする時もあれば、ただ話しに行くだけの時もあった。


「へぇ、家が神社なんだ」

「あぁ、じいちゃんが神主をしててさ。俺もいつかは、じいちゃんみたいな神主になりたいな、て思ってるんだ」

「凄く良い夢だよ!神様に仕えるなんてカッコいい!」


 愛は嫌味が一切無い表情で言う。

 仁が彼女との会話を楽しみにしている理由の一つはここだった。


「そう言えば愛の家も凄かったよな。確か、黄千寺だっけ?」


 神楽町には二つの寺がある。

 その内の愛が居た黄千寺は、規模は小さいが四百年以上の歴史を持つ由緒ある寺だ。


「流石に、病気が治らないから母さんのあとを継ぐなんて事はできないけどね」

「何言ってるんだよ、諦めたらそこで試合終了って台詞があるじゃないか。そんな後ろ向きなことを言ってちゃ、先に進めないぞ?」

「ふふーん、誰が諦めたって?」

「え?」

「私は諦めてないもーん、絶対に病気直して仁の神社の参拝客を取ってあげるから!」

「営業妨害じゃないか!!」


 この日は互いの家のことや夢について話せるほど仲良くなった。


 ***

 ――夏


 二人は今、愛の病室にいた。

 仁がいつも通りお見舞いに行くと、愛はベッドで眠っていた。

 このままここにいても迷惑かと思ったが、看護師の人から許可を得て、目が覚めるまで愛の隣に居ることにした。

 取り出した本を読んでいると、視界の端に愛の整った顔がチラチラと映る。思わず見惚れてしまいそうだ。


「うん……あ、仁来てたんだ」

「あぁ、起こしたか?」

「いや大丈夫。ところで何読んでるの?何だか可愛い絵だね」

「ラノベだからな」

「ラノベ?」


 どうやら彼女はラノベについてよく知らないらしい。話を聞くと、純文学くらいしか読んだことがないとのことだ。


「読んでみるか?」

「ありがとう。……おぉ、純文学よりも読みやすい!!」

「面白さと読みやすさを重視したものなんだよ、ラノベは」

「よし!私も書きたい!!」

「そんなすぐに!?」


 十分後、愛はどこからか取り出した紙に、初めてのライトノベルを書いて仁に見せた。


「どう?」

「……良いんじゃないかな」

「ハッキリ言って良いよ!!自分でもわかってるよ、仁が持ってきた奴より少し難しいって!!」

「純文学くらいしか読んだことがないなら、仕方ないだろ」

「うぅ……もっと面白いもの書いてやる!」


 この日は互いの趣味について話し合い、共有し合えるほど仲良くなった。


 ***

 ――秋


 二人は病院の外に出ていた。

 車イスに乗った愛を、仁が押している。

 この日は愛の身体の具合がすこぶる良く、愛の主治医から一、二時間程度であれば外出を許可されたのだ。

 病院の中庭や、屋上くらいならば二人で出たことはあるが、町まで二人で来たのは初めてだ。

 二人は付き合っているわけではない。しかしこれは、二人にとって初めてのデートである。

 手を繋げないのが残念だった。


「なぁ愛、町に出て来てからで本当に悪いんだけど、実は俺ノープランなんだ」

「良いよ良いよ!実は私が行きたいところが沢山あって……連れて行ってくれるかな?」

「もちろん!で、まずはどこにいきたいんだ?」

「毛糸屋さん!」

「手芸店か……この辺りだとデパートしかないぞ?」

「よし、そこに行こう!!お願いします、私のタクシードライバーさん」

「かしこまりました、お客さん」


 この日は互いにふざけあい、手を繋ぎたくても繋げないもどかしさに苛立つほど仲良くなった。


 ***

 ――冬


 春、夏、秋。

 出会ってもうすぐで一年になりそうなくらいの月日が流れた。この間で、二人はとても仲良くなったように見える。

 ビニール袋一杯の林檎を右手に持ちながら仁はいつも通り、愛のいる病院へ向かっていた。

 もうお見舞いの常連となっていたが、今日はすんなりと病院へは入れなかった。

 入口に誰かがいた。


「あぁ、誰かと思えば比良坂さんか。今日はどうしたんだ?」

「お姉ちゃんも、だけど」


 名前:比良坂哀ひらさかあい

 年齢:十四歳

 性別:女

 一人称:私


 以上が彼女のプロフィールである。名前が判明したため、ここからは哀と呼称する。

 哀は、比良坂愛の妹であり、仁の同級生である。その為、学校や病院でも何度か顔を会わせたことがあった。


「仁、落ち着いて聞きなさい、お姉ちゃんの容態が悪化した。多分、余命あと幾ばくもない」

「……えっ?」


 林檎の入った袋を落としそうになり、慌てて両手で抱えた。

 しかし、事態は飲み込めないでいる。


「私はまだ、お姉ちゃんに生きていて貰いたい。けど、時間はもうない」

「俺だって、愛には生きていて欲しいよ。でもどうすれば……」

「その思いが本物なら付いて来て。お姉ちゃんを助けることができるかもしれない」


 ――三十分後。


 長い道を、仁と哀は歩いていた。気づけば少しずつ、住宅が少なくなっていた。

 そうしてたどり着いたのは、雑草の生えた砂利道と、森に囲まれた長い石段、ボロボロになった鳥居、整えられてはいないがどこか神聖な気配のする空間だった。

 その石段を登りきり、最初に目に入る建物を、哀はじっと見つめていた。

 その建物には、大きな文字で何かが書いてある。


「どう……らたた?」

「『多々良堂』。店主は変な人だけど、ここなら欲しいものが手に入るかもしれない」


 すると哀は、ノックもせずに目の前の建物に入っていった。

 続いて仁も中に入ると、店内には、左目が隠れるほど長い白髪とメガネをかけた男性が出迎えてくれた。恐らく、彼が店主だろう。


「いらっしゃ……なんだ君か」

「お生憎様、今日の私は客なのよ」

「冷やかしするだけの客なんてお呼びじゃない」

「別に良いでしょ。それより、どんな病気でも治す万能薬とか、ないかしら?」

「そりゃああるが、あれはこの前非売品だといったはずだろう」


 仁を置いて、二人は話を進める。その時、店主が仁の存在に気づき、こっちへ来いとジェスチャーを送った。

 ほんのりと、炎のような匂いがする。


「紹介が遅れたね。僕は多々良長幸たたらながゆき、この多々良堂のしがない店主を営んでいる」

「あっ、高原仁です。あの、この店は?」

「ここは……玩具屋かな。壁に刀とか槍が掛けられてるだろう?あれ全部、レプリカなんだ」

「へぇ格好いい……でも、ここなら何でもあるってさっき比良坂さんが」

「趣味で集めてるものまで、彼女が売り物だと勘違いしてるだけだ」


 長幸はため息をついた。しかしすぐに真面目な顔つきに変わった。


「さて、高原仁君。さっきの話を聞いているならわかると思うが、僕は、君の好きな人を助ける方法を知っている」

「え、展開はや!?」

「……ともかく、それがこれなんだ」


 彼は後ろの棚から、真っ赤な液体のはいった小瓶を取り出した。棚に張られた『取扱注意』のシールが、嫌な予感を駆り立てる。


「僕は君にとって、突拍子の無い話をするかもしれないが、落ち着いて聞いてほしい。これは、人魚の血だ」

「に……人魚!?」


 仁は唖然とするしかなかった。人魚という名前くらいは聞いたことがあるが、それはフィクションの話。小説やドラマの主人公ならばどんな突飛な話を持ちかけられてもすんなり受け入れることはできるのだろうが、生憎これは現実。

 人魚の血なんて見たことも無いものを突きつけられても、信じることができなかった。


「まぁ信じないだろう。だが、これが本物かなんてことはどうでも良い。重要なのは君がこれを使えば、ということを信じるかどうかだ」


 長幸の言葉は正しかった。

 人魚だとかそんなことは考えず、これを使えば愛が助かる。それを考えると、これを手に入れないという手段はなかった。


「……でも、これが本当に、人魚の血なら、確か不老不死になるって……」


 仁は、昔聞いた人魚の伝説を思い出した。

 対して長幸は、少し驚いた表情を見せる。


「知っているのか。そう、これは選択だ」

「選択?」

「このまま病で君の好きな人が死ぬのを待つか、不老不死にしてでも生き延びさせるか、どっちが良い?」


 彼が叩きつけたのは、まさに究極の選択だった。

 仮に彼の言葉が真実だとして、どちらを選んでもよい結果は訪れない。

 仁にはずっと不思議に思っていたことがある。長幸は哀と面識はあるならば、愛ともあるはずだ。そうでなければ、愛のことを『君の好きな人』とは呼ばない。

 そして、非売品と言っていたものを、何故仁には勧めるのか。

 選ばせたかったのだ、親でも、妹でも、まだ彼氏でもない赤の他人に。

 そう思うと、目の前にいる男のポーカーフェイスが、仁には酷く異形の物に見えた。


「さてどうする、これを受けとるか、受け取らないか」

「俺は――」


 決断の時だ。

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