第2話 シオタニ ソラリ

 コンクリートの塀に並行して歩く。その塀が途中で途切れている。その間の中へと吸い込まれるように入っていく。そして、佐藤翔サトウ カケルは自宅に辿り着いた。


 玄関前に立ち鍵を差し回す。ガチャッ。その合図とともに取手を手前に引いた。今度はガチャンと鳴る。当たり前のように靴を脱ぎ捨て適当にリビングの中へと入っていく。


「お、おかえりー」


 ソファで自堕落に陥っている一人の女、塩谷天梨シオタニ ソラリ。うつ伏せになりながらスマホをひたすらいじっている。


 生意気で自分勝手で行動が読めない。例えば、性格をアリとキリギリスに分けるとしたらソラリは典型的なキリギリスだ。かくいう自分もキリギリスの分類であるものの、その自由度には負ける気はしない。


 彼女は居候である。ある日、家のすぐ近くのコンクリートにもたれかかり、力尽きて倒れていた。心の中の良心が彼女を家へと招き入れた。とりあえず出した飲み物を飲んだら、すぐに横になった。そして、目を覚ましては、成り行きでこの家に住まうことになっていた。


 ソラリの帰る家はこの世界には「ない」に等しい。


 だからこそ、彼女は住まう場所が必要だったのだ。そして、何としてもこの家に住まおうとしたのもそれが理由だ。


 ある日、俺達の住む現実世界とソラリの住んでいたパラレルワールドとが重なる超常現象が起きた。二つの世界が重なる。そして、再び元に戻るように離れる。その過程の中で何人かが超常現象によって行方不明となった。また、何人かが向こうの世界からこちらの世界へと迷い込んだ。


 そして、向こうの住人が迷い込んだせいで、この世に同じ人間は存在しないという常識に矛盾が生じる。この矛盾を解決するかのように地球上に現れた現象が消滅化だった。午前中に見たカフェの店員と女子学生の客に生じた現象がまさにそれである。二人が出会い、ドッペルゲンガーと気づかれたら、どちらかが死ぬのだ。



 迷い込んできた彼らに住まう場所などない。彼らは招かざる客なのだから。それに、下手に動いて本物に鉢合わせる可能性だってある。


 偽物にとってここは窮屈な世界。


 シオタニソラリもまたパラレルワールド出身の誰かの偽物である。不幸にも帰る場所はなかったのだ。


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