#9 妹の反撃

「な、なにを怒ってるの? 

 もうっ、サヘラらしくないよー。怒るとね、幸せが逃げちゃうんだよ? 

 だって、怒っていると楽しくないんだから」


「私が、なにに怒っているのか、分からない、の……?」


 信じられない、とでも言いたげな表情を見せるサヘラ。

 ……わたし、サヘラになにか酷いことをしたのだろうか……。


 うーん、と考えるが、まったく思い出せない。

 家出をした一か月、サヘラとは会っていないから、家出をする前だとは思うのだが……。

 さすがに、一か月前の出来事までは、覚えてはいなかった。


「あ、はは。――ごめんねっ、サヘラ」


「どうして私が怒っているのか、分かっていないくせに……! 

 そうやって、いつもいつも人の気持ちを考えないで、勝手に行動してッ! 

 なんとかなる、とか言って、人の心配も気にしないで突っ走って! 

 心配するこっちの身にもなってよッ!」


「さ、サヘラ!? 一気にそんなに早口で大声出して、無理しちゃダメだよ!」


 普段は静かなサヘラとは思えない変わりようだった。

 一か月もあれば子供はすぐに成長してしまうと言ったりするが、

 サヘラのこれは、ただ感情の制御ができていないように見える。


「落ち着いて、深呼吸しないと、はいっ、すー、はーっ」

「誰のせいでこんなに叫んでいると思っているのッ!」


 サヘラの鋭い眼光は、わたしに一直線に向いている。

 拳はぎゅっと固く握られ、泣きそうなのをがまんするように、唇を引き結ぶ。


 それを見たら、わたしも、笑って誤魔化すことはできなかった。


「わたしが、サヘラに、なにかをしちゃったの……?」


「本当に、分からないの……? お姉ちゃんは、そうだよね。

 人の気持ちを考えないで、自分のやりたいことを、相談もなしにやろうとするんだもんね。

 ――お姉ちゃんは私になにかをしたわけじゃない、なにもしていないんだよ。だから、許せない」


 そして、サヘラは怒りの原因をわたしにぶつける。



「――私になにも言わず、勝手に家出すんな、バカぁッ!」



 はぁ、はぁ、と呼吸が荒くなるサヘラを見て、

 わたしは、思っていたよりも小さな問題だったと、少し拍子抜けしてしまった。


 しかし、わたしのその認識は甘かった。

 その程度、と思っていても、サヘラからすれば、その問題は、大問題なのだ。


「そっか、そうだったんだ……あれ? わたし、言ってなかった?」


「言ってないよ! なんで言ったかもしれないって思ったの!? 

 私、タルトねえがいないな、って思っていたその当日の夜に、家出をしたって聞いたんだから!」


 本当に、当日に家出をしたことがばれている!


「言って、ないかなあ……。

 確かに勢いのまま、屋敷を飛び出しちゃった気がするし……あ、でも、手紙をちゃんと出そうとは思っていたんだよ?」


「出そうと? それは『つもり』の話でしょ? 予定でしょ? 実際に出したわけじゃないんでしょッ!?」


「う、うん。出して、ないよ……。紙とペンと封筒は買ったんだよ」


「そうやって形から入って満足するから書かないんでしょ!?」


 いっつもそうっ! と、サヘラはエンジンがかかったように次々と言葉を繋ぐ。


「あれやりたい、これやりたい――だけど興味がすぐに別の場所にいって、それまでのことを片づけない、掃除をしない……。

 それで怒られているのに、まったく直る気配がないのは、なんでなの!? 

 それだけじゃない、すぐに無茶をするし、後先考えずに体が先に動くし、だからたくさん怪我をするし……、

 計画性がないから、お小遣いをすぐに全部使っちゃって、私に頼ってくるし……。私がいなくちゃタルト姉は人並みの生活なんて送れるはずがないんだよ! なのに、勝手に家出をして、一人で暮らすなんて……お姉ちゃんは死にたいの!?」


 酷い言われようだった。

 それは、サヘラみたいに、わたしを助けてくれる人がいるから頼っているのであって、

 わたしがやらなくては誰も手をつけないことは、わたしにだってできるんだから、と、わたしにも、反論する隙はあった。


「ふーん。じゃあ、私が毎日送っている、手紙。……読んだ?」

「へ?」


 手紙……わたしの家に、はて、そんな物が届いたのか。


 というか、そもそも住所なんて、分からないと思うのだが……。


「ロワお姉様が知っているから。聞いて、送ったのに、返信がこないんだけど」

「え、でも――そんなの貰ってないよ!」


 毎日送っているのなら、わたしも気づくはずだと思う……、あ。


 部屋の隅にある、山積みの広告と一緒に、紛れ込んでいるのかもしれない……。


 思い当たってしまったら、わたしの言葉も弱々しくなる……ちらっとサヘラを見ると、


「……もしかして、山積みになった広告の中に、紛れ込んでいる、とか?」


 ささっ、と、視線を逸らす――あ、逸らしてしまった……。


 その挙動の意味を、サヘラは理解していた。


「そうやって、大ざっぱで、がさつだから! こういう事態になるんだよ!」


「そ、そこまで怒鳴らなくても……」


「私が虫が苦手と言っても、珍しい甲虫を見つけたら私に見せびらかしてくるし……」

「それは、ほら、嬉しくって。気持ちを共有したかったんだよ」


「暗い場所が嫌いなくせに、幽霊は好きだし……意味が分からないよ!」

「怒っている場所がどんどんずれてるよ!? それはいいでしょーよ!」


「すぐ嘘に騙されるし、集中力がないし、バカだし……」

「サヘラーッ! 良い機会だからって、言いたいことを好き勝手に言ってもいいわけじゃないんだよー?」


 そっちがその気なら、わたしだってサヘラには不満がたくさんあるのだ。


 それから、たぶん、周りから見たらどうでもいいような言い合いが続いた。

 小さい頃からの不満から、食べ物の好き嫌いなど、些細なことまで持ち出すようになった。

 長く一緒にいた分、投げかける言葉の弾数はお互いに少なくない。


「おーい、お前ら、そろそろ……」


「「フルッフお姉ちゃん(姉様)は黙ってて!」」


 わたしとサヘラの言葉が重なる。

 すると、サヘラの矛先がフルッフお姉ちゃんへ向いた。


「そこでじっと見ているけど、フルッフ姉様ねえさまにだって不満があるんだから! 

 いつもいつも、誰かを助けるためだとか理由を言いながら、結局、自分のためでしょ! 

 今だって、タルト姉に手を貸しているけど、実際は、タルト姉を利用しようとしているだけなんじゃないの!? どうなの!?」


「サヘラ! フルッフお姉ちゃんは関係ないよ!」


「ある! 昔からそうだもん! 

 フルッフ姉様は――だって、誰よりも信用できないもん、外見も内面も、真っ黒なんだもん!」

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