7.迫られる選択



「わたしは半野木昇くんに……会わなくちゃいけない?」


 誰に言うでもなく章子は一人で呟いた。


「お話してみたいですか? 彼と」


 真理の問いには答えることができない。


「わからない」

「わかりませんか」


 セーラー服の少女たちが二人して秋の夕暮れの歩道に相対して立っている。


「わたしが半野木君に会っても今よりヒドくなるだけかもしれない。だけど今のわたしは半野木くんと会わないと何も始められないような気がする……」


 弱気な言葉を吐いたところで、章子はあらぬことに思い至った。


「半野木昇くんはあの地球転星の内容のことを……」

「当然、事実の事として受け取っています」


 断言する真理の強い視線が章子と昇の差を断言する。


「本当に昇くんはあんな地球転星の内容を全部……」


 納得できるのか?

 まだ中学二年生の章子には、そんな疑問しか浮かばなかった。


「わたしには……できない……」

「章子……」

「わたしにはどうしてもできない。教えて。どうしたらできるの? あんな内容ことが全部現実の事だって言われて、それなのになんで昇くんだけは前を向くことができるのッ?」


 章子と昇の差。どうしても埋められない精神こころの違いと格の違い。章子は半野木昇とのその差を埋めなければならない。


「それを私に問われてもあなたが満足するような答えは持ち合わせていません。半野木昇の心は我々ですら喉から手が出るほど欲しい真理解力エマシエスを発揮している」

「エ、エマ……?」

「まだあなたは知らなくてもいい。と言っているのです」

「でも半野木君とはすぐに……」

「いつ会う気ですか?」

「え……?」


 章子が驚くと、真理は笑みも浮かべずに言う。


「いつ会う気なのですか?今日はあなた方の言う金曜日。明日と明後日は学校が休日の土曜と日曜日。その中であなたは一体いつ、半野木昇と会おうとしているのですか?」

「そ、それは……あ、あなたが用意してくれるんじゃないの?」

「……私に決めさせていただけるなら半野木昇とお会いできるのは来週の月曜日ですね」

「げ、月曜ッ?」

「そうです。月曜日です」

「で、でも月曜日は学校があるし……」

「お休みすればいいでしょう?」

「そんな簡単には……」

「そんなに学校が大事なのですか? あのよりも……」


 真理の言葉で、章子は大きく目を広げて息を飲んだ。


「あなたが今一番重要だと思う物を一つだけ選び取って選択してください。これはあなた方のいう所のトリアージというヤツです。何を諦めて何を掴み取るのか。それはあなた自身が決める事だ。ですから私からは無理強いはしません。しかし提案はしましょう。下僕であるこの私が思うあなたと昇が会える日は、学校をお休みした月曜日が相応しい。いかがですか?」


 喜怒哀楽も何もなくただ無表情で伺ってくる真理の言葉に章子はまだ返答する事ができない。


「……だって、それなら、その日は昇くんも学校を休むことに……」

「あと一週間で地球ここからもいなくなるかもしれないのに、いまさら学校に行く価値などないと彼は思っていますよ」

「学校に行かないってこと?」

「ええ。あなたが彼の前に現われた瞬間に、彼は登校を止めて自宅の部屋にあなたを招き入れるでしょう」

「昇君の部屋に……」


 あの半野木昇の部屋に入ることができる。それを考えるだけでも女子中学生の章子の胸は高鳴った。

 月曜日……親を説得できるだろうか。中学二年生の章子はすでにその言い訳を考え始めている。


「まあ、半野木昇のお宅にお邪魔するのもいきなりで大丈夫でしょう。章子のお母様には申し訳ありませんがお弁当はそのまま作って貰います。授業の時間割りもそのように用意しておいてください。登校する時の状態のままでそのまま半野木昇の自宅に向かいます」

「ええっ? 荷物を持ったまま行くの?」


 章子の意外な疑問を受けても、真理はどこ吹く風のように当然といった素振りで、切りそろえられた髪を手で散らす。


「そうですよ。当然ではないですか。でないとあなたのご両親に怪しまれてしまうでしょう。いいですか? あなたはいつも通りに自分の家を出ます。部屋には置手紙でも残しておけばいい。携帯を持っていくかどうかは好きにして下さい。どうせ昇の家にいる滞在している時にでも着信音が鳴り響くでしょう。昼も昇の家でお弁当を広げればいい」


 真理が最初から考えられていたように真理が段取りよく説明していく。章子が昇と会いに行くことも、昇が章子と会っても動揺しないことさえ分かっていて、予め計画していたようにそらで語っているように見えた。


「昇くんは……わたしに会いたいとか思わないの?」


 つい自意識過剰な疑問が出た。章子は自分でも心の奥底で自覚するぐらいには美人だ。成績だって優秀だ。体形だって自信がある。章子が無視する男子は数知れないが、章子に思いを寄せる男子も数知れないほど存在するだろうという根拠のない自信も密やかながらに抱いていた。


「昇が? あなたを?」


 まるでバカ女でも見るような目で言われて苛立ちを覚える。


「昇があなた程度の女子に興味を持つとでも?」


 汚らしく章子を追いやる高飛車な目が、本当に章子の下僕なのかと疑いたくなるほどに向けられる。


「まずは忠告をしておきましょう。我が章子。とりあえず分際から弁えてください。本来であればあなた程度の人間が半野木昇に会うことすらおかしいのです。これはあなたにとって破格の待遇であることは忘れないでいただきたい。彼にとってあなたの価値は微塵も無いのだから」


 遠慮なく最後まで貶められた章子が、自分の存在価値をすべて否定されて項垂れ落ちた。





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