6.あれからの続き



 章子が、これからの訪れる未来に期待を抱いていると、その心を眩しく見つめて真理は口元を緩めながら微少に微笑む。


「では、これからは転星むこうのことでもお話しますか? あの転星ほしのことも少しは知っておいたほうが良いでしょう」


 真理が章子に向くと、章子も少しだけ逡巡する。


「向こうの転星にある社会って、本当に地球転星に出てくる世界と同じで……」


 章子が訊ねると真理は真っ直ぐに頷く。


「はい。そうですね。かつてこの地球で栄えていた最初の古代文明リ・クァミスから二番目のヴァルディラ。そして三時代目のルネサンセル。四つ目グローバリエンに続き、五つ目サーモヘシア。そして最後が六番目のウルティハマニで最後です」

「わたしたちのこの人間の体を造った……文明……」


 章子が秋の寒さを感じている自分の手の平を見て言っている。その所作を見た真理が言いにくそうに苦笑しながら道端の落ち葉に目を落とした。


「造ったというのは少し違いますか。彼らは自分たち人間の身体を模しただけです。そして同じ進化をするように仕掛けをしただけ。もともと新しい人間を作ろうとしていたとかそういった訳ではないのです」

「でも造った人たちは人型じゃないんでしょ?」


 十二獣の宮座ゾディマァーサス

 地球転星で読んだ様々な哺乳類の身体をそれぞれに持った獣の巨人たち。彼らがウルティハマニに存在する二大国家の一つ、ムーの頂点トップであるなら、その下の社会には当然、章子たちのような純粋な意味での人間は存在しないようにも思えていた。


「地球転星のほうにはムーの詳しい情報は書かれてなかったと思うんだけど」

「……そこまで描けませんでしたからね。確か第二世界の新世界会議メサイアまででしたね。そこから第三世界のルネサンセルへと旅立つ場面であの虚構のお話は終わってしまいましたから……」


 まるで自分が書いたように真理は言う。


「……あの後のみんなは……あれからどうしたんだろう……?」


 地球から、突然現れた惑星へと旅立って行った虚構の中の章子。そこで章子は少年と出会い、他の現地の少年少女達とも交流を育んで、やっとこれからという時に終わりを迎えた地球転星という一つの虚構……。


「その答えを出すのは、これからの章子の行動かもしれませんね?」


 真理が悪びれず言うので、章子は更に重圧を感じた。

 あの物語の続きを……自分が……?

 物語をただ読む立場でなら気楽だったのに、いざ今度は自分が物語を作っていくとなると重責を感じる。これから自分があの虚構の主人公と同じ事ができるのか? それだけがただ不安になってきた。


「……少しお聞きしたいのですが……。章子あなたは地球転星で何かをしましたか?」

「……え?……」


 真理に突然水を向けられて、章子は目が点になる。


「あなたは地球転星で何か重要なことでもしましたか?」


 真理が疑問に首を傾げると、章子は感情移入をしてきたはずの虚構の章子の行いを振り返る。


「わ、わたしがしたことって……何も……ない?」


 章子が今さらながらに驚いて地球転星の内容を思い出していると、真理は腹部を抱えながら込み上げる笑みを必死に抑えている。


「ぷ、フフ。ほら、だから別に大丈夫でしょう。地球転星であなたと同じような人物である咲川章子がしたことなど、永久機関「水」の吸熱反応に思い至った事ぐらい」


 その言葉を聞いて、さらに章子は目を広げた。


「水の吸熱反応……っ。あれってもちろん……」

「そうですね。この世界では現実の事です」


 では。その言葉が、章子に周囲を伺わせる。


「おや? まさかご自分あなたが生きているこの現実せかいじゃないかと疑い始めましたか?」


 そう言った真理の目が、周囲を見回す章子ではなく。この文を読んでいる読者あなたに向く。


「ま、真理……っ」


 地球転星という虚構では何度も読んで知っていたこの真理の独特な視線の向き方を、章子は現実で目の当たりにして、本当にこの世界が実はどこかのなのではないかと思わずにはいられなかった。


「……我々は記録されている」


 真理がぽつりと言った言葉で、章子の身体に緊張が走る。


「やはり気になりますか……。この言葉が」


 真理が一歩だけ足を進めてまた止まった。


「真理さん。わたしは……。わたしはまだ……」


 信じられない。章子はその言葉を辛うじて飲み込んで改めて気づいた。そうだ。章子はまだ信じていない。あの地球転星という虚構でこれでもかと披露された現実の可能性の数々を。それらの可能性にそれぞれの名前があり、その名前を章子は隅々まで覚えていたが、それでも今ここで口にして発音する事さえ躊躇ってしまった。


「まだ怖いんですね? 地球転星で語られたことが……」


 問い詰めてくるような冷たい視線で真理が章子にむけて言ってくる。

 怖い? それはそうだろう。誰があんな話を聞かされて恐怖を抱かずにいられるだろう。この少女に選ばれた章子でさえ、まだ口にする事はできない。それを言ってしまえば、章子は一人で立てなくなるような気がする。耐えられない。これを分かち合える共通した知識を持つ同じ現代人との会話が、今の章子には必要だった。


「……あ……」


 やはり章子は改めて気づいた。

 今、この章子に待ち受けた運命を語り合える存在は、既にこの街に存在している事に。


「半野木……くん?」


 それが、今こそ章子が出会うことを必要としている人物の名前だった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る