第54話
アルベルトの説明を聞きながら、ヴィオラは回りの使用人たちの様子を確認するのを忘れなかった。何しろ、この邸の使用人たちは皆アルベルトの恋を応援し隊なのだ。だがしかし、そうは言ってもここは貴族社会で、領主の邸なのだ。辺境伯の肩書きをもつ以上礼節は大切だ。使用人たちの反応は概ねアルベルト寄りであったのだが、ただ一人、執事だけがヴィオラの話に深く頷いていたのだ。
「ヴィオラ様、手土産はいかがいたしますか?」
まさかの味方の裏切りにアルベルトは目線だけを執事に向けた。本来なら、主人の会話に使用人が割って入るなどあってはならないことだ。だがしかし、相手は騎士だ。どんな些細なことであれ、上官に報告が入っている。そうなれば、どこの店で何があったのか丸わかりだ。そうなった場合、礼の一つもできない領主の揶揄されるのはアルベルトになってしまうのだ。アルベルトが先回りして礼の品でも送っておけば、もしくはそのように話を進められればよかったのに、恋に恋する乙女に目覚めたヴィオラに、残念なことに会話術で負けてしまったのだ。
「焼き菓子を持って行きたいわ」
ヴィオラが満面の笑みでそう言えば、執事も笑みで答えた。
「それはようございます。愛らしいお嬢様でいらっしゃるヴィオラ様にピッタリです」
「そうかしら?私はただ、騎士様もお疲れでしょうから甘いものが喜ばれかと思っただけよ」
「演習に来ている騎士団の人数は把握しておりますので御安心下さい」
「あら、料理長に余計な仕事を与えてしまったかしら?」
ヴィオラは少し慌てたふりをした。なんなら自分で作ってもいいと思っているくらいだ。
「いえいえ。ヴィオラ様のためでしたら料理長も喜んで腕をふるいますよ」
そう言って、執事はすぐに料理長に指示を出した。そうやってヴィオラ自らが腕を振るうことのないようにしたのだ。一応まだ食事中であるから、ヴィオラは席を立つことができない。これで間違ってもヴィオラの手作りを騎士団に食べさせるという最悪の事態を避けることができたと言うわけだ。
「砦に、先触れを出すのを忘れないでくれ」
「かしこまりました」
その会話をきいて、ヴィオラはすぐに口を開いた。
「お義兄様。もちろん、明日は私一人で参りますわよ?」
お仕事お忙しいですからね。とヴィオラは忘れずに付け加えた。
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