第53話

「うん?ヴィオラは、その・・・」


 ここまで口にして、アルベルトは言い淀んだ。今更だけど、自分とヴィオラの年齢差を咄嗟に考えて、さらには最近の自分の姿を思い浮かべた。

 ほんの一瞬ではあったけれど、ヴィオラを助けた騎士は俊敏な動きで、遠目から見ても洗練された所作だった。もとより、どこの国の騎士も見目が良いものだ。さらに家柄、人柄が良ければ王族付きになれる。そもそも、騎士の称号を得た時点で剣の腕前はあって当たり前なのだから。

 だから、アルベルトは疑心暗鬼になる。ヴィオラが、助けてくれた騎士に一目惚れをしたのではないか。と。しかし、それを面と向かって聞く勇気はないのだ。


「ええ、お義兄様。私騎士様を身近に見たのは初めてですわ」

「そ、そうなんだ」

「・・・知り合いのご令嬢たちが、騒ぐ理由がようやく分かりましたわ」


 ヴィオラは言葉を選んでゆっくりと口にした。アルベルトにそれとなく牽制しておかなくてはならないと思ったからだ。邸の使用人たちが頑張ってはいるけれど、どうにもアルベルトのポンコツが治らなさすぎるのだ。

 そうして、今更ながらだけど、ヴィオラだって恋をしてみたい。

 そう、思ってしまったのだ。


「ねえ、お義兄様。私、お礼を言いたいのですけれど」

「え?ど、どうして…」

「どうして?お義兄様は何をおしゃっているのかしら?お礼をするのは普通です」

「相手は騎士だよ。そう言うことが仕事なのだから、いちいちお礼にこられたのでは迷惑だろう」

「迷惑かどうかは、騎士様がお決めになることです。助けられた私がお礼をしたいのです。人として当然のことではありませんか」

「ぅ、そ、そう、だね」


 アルベルトは、これ以上の会話は自分に不利だと悟った。そして、無理に邪魔をするのはよろしくないことも悟った。なぜなら、周りにいる使用人たちの目線が冷ややかなのだ。


「それで、私を助けてくださった騎士様は、こちらの領地に勤務されていらっしゃいますの?」


 ヴィオラはあくまでもさりげなく聞いてみた。

 街の警備兵は見たことがあるけれど、騎士は見たことがなかった。カフェでメイドさんを一月以上してきたけれど、その間に騎士様の客は来たことがないし、通りを歩いている姿も見たことがなかった。


「ああ、騎士団は砦にいるんだよ」

「砦?」


 思わずヴィオラは聞き返した。


「ええと、ここに来るときに立ち寄ったとおもうのだけれど」

「……あ、もしかして」


 ヴィオラは思い出した。

 頑丈な石壁に囲われた素朴な街だ。いくつもの壁があって、壁自体が建物になっていた。そうしてその中に街があり人々が暮らしていたのだ。当初はあの街が終着点だと思うほどに。


「砦の街があっただろう?この邸も高台にあって、海が見渡せる見張り台がある。警戒しているのは隣国ではなくて、海からの襲撃。つまり俗に言う『海賊』というやつだ」

「街は平気ですの?」

「街の港は入り江になっているからね。不審な船は近付けない。上陸しやすい丘に砦を建てたんだよ。国境もあるし、見晴らしもいい」

「確かに、素晴らしい展望でしたわ」

「そう、だからね。密かにご令嬢たちに人気なんだ」


 少し面白くなさそうにアルベルトが言えば、ヴィオラだって察すると言うものだ。こちらの領地に観光に来た令嬢は、もれなく砦の街まで足を伸ばしてしまう。そうして騎士団の演習をみて黄色い歓声を上げて帰ってしまうのだろう。領主であるアルベルトを遠巻きに眺めながら。

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