第25話

 ※残酷な表現が出てきます。苦手な方はご縁了ください。



 可愛い娘を好奇の目に晒すことは許せなかった。

 たとえ、婚約が破棄され、慰謝料が支払われたとしても、婚約解消された令嬢は傷物扱いされるのが常である。たとえどんなに男の方に非があったとしても、女の方には多大なる被害が及ぶのだ。

 王族に嫁げないのなら、この国でヴィオラを幸せに出来るものはいない。

 醜聞を一掃し、誰からも咎められない程の権力を有するものはいない。隣国への配慮からヴィオラが王太子の婚約者という立場にあったというのに。

 正妃の息子が王太子となるのなら、貴族たちは自分の娘をすすんで差し出す必要も無い。見合いをさせて、気のあった令嬢が婚約者になればいいのだ。

 正妃の息子なら、後ろ盾がなくとも血筋だけで王太子となり誰からも文句は言われない。隣国との関係も良好と続くだろう。

 だからこそ。


「娘は隣国に嫁がせます」


 モンテラート侯爵はキッパリとそう告げた。


「やはり、そうなるか」

「それ以外になにか方法があるとでも?」


 大事な大事な娘である。

 誰よりも王太子妃として相応しいように育ててきた。その娘より、男爵令嬢がいい。と言ったのはお前の息子だろう。と、モンテラート侯爵は思うのだ。


「件の男爵令嬢は、我が妃が対応しているのだが、その、なんだ…」


 国王が言い淀んだ事で、公爵は察した。


「こちらとしては、どうでもいい事です。好きにすればいい。我が侯爵家には関係のない事ですからね」

「承知した」


 そんなやり取りでさえ、文官は備に記録をしていく。あとあとの揉め事をなくすためだ。


「事に関わった息子どもは揃って廃嫡でよいか?」

「アルフォンス様も?」

「アレは王位継承権剥奪だ。その辺に放すことはできんよ」

「仕方がないですね。王族ではありますからね」


 侯爵は仕方なく納得をする。


(去勢してしまえばいいのに)


 侯爵が内心思ったことが伝わってしまったのか、宰相が侯爵の顔をまじまじと見つめる。


「廃嫡で、ご満足いただけませんかな?」


 流石に自分の息子にそこまでの罰を与えるのは、同じ男として恐ろしい。


「それぞれの婚約者であったご令嬢方が納得されたのならよろしいのでは?」

「なんとか、納得していただけましたよ」


 宰相は、内心かいた冷や汗をそっと拭うのだった。




「…う、う」

 アンジェリカは、恐ろしいほどなら倦怠感を覚えて、瞼を開けるのも辛かった。冷たい床は、自身の身体が触れているところだけが体温と同じだった。少しでも動けばそこは冷たい。

「汚らわしい娘」

 自分を見下し、汚いものを見る目を向けてくるのは、昨日と同じアルフレッドの生母。

「そのような汚い体で、わたくしの息子に嫁げると思っていたの?」

 それが合図かのように、アンジェリカに冷たい水がかけられた。

 もう、その冷たさに驚くこともない。またモップがアンジェリカの体を強く擦る。昨日口にしたのは、野菜が少し入ったスープだけだった。背中に当たるモップのせいで咳き込んでも、なにも出てこない。

「不義の子など産めるとでも思っていたのか?」

 そう言って、ヒールがアンジェリカの腹を踏みつける。

(もしかして…)

 ぼんやりと、アンジェリカは考える。この世界はゲームだと思っていたが、社会の仕組みはゲームではなかった?設定の基盤は中世ヨーロッパの倫理観?

(できちゃった婚って、ヤバいんだ)

 いまさら気づいても遅かった。避妊の道具なんてない。やることやれば子どもが出来る。問題は、堕胎の技術がないということ。だから、その作用のあるハーブを摂取する。

「キレイな体にしてあげるのだから、感謝なさい」

 水を何度もかけられ、全身の神経が鈍くなってはいるけれど、微かに香る匂い。この炊かれた香もその作用を促すものだった。


 唐突に悪寒が走った。体の一点が激しく痛みを訴える。

「あ?………あぁ」

 痛みと、何かがズルと引き抜かれる感触が体内にはしった。

「!!!」

 アンジェリカからはなんの声も発されなかった。

 白い床に渡るシミを見て、妃は満足そうに笑った。

「やっと、キレイな体になったわね」

 そう言って、妃は白い部屋を出ていった。

 入れ替わるように入ってきたのは医師である。

 眉根を軽く寄せ、床に伏せるアンジェリカを見た。

 少女たちが湯の入った桶を持ってやってくる。

 医師はそれで手を清め、アンジェリカの体に触れた。


 床のシミを処理し、アンジェリカの服を取り替えるよう指示をだす。シーツに包まれてアンジェリカは運ばれた。朦朧とした状態で天井だけが見えた。

 運び込まれたのは最初にいた部屋だろう。見覚えのある窓が遠かった。

 水のみで口に水が注がれ、反射的に飲み込む。

 額には濡れたタオルがおかれた。

「どうして?」

 どうしようもない喪失感におそわれて、アンジェリカはただ涙を流していた。

「婚前交渉など、許されません」

 寝台の脇に腰掛けているのはシスターだった。

 あの冷たい女ではなかった。

(これって?)

 アンジェリカは、懸命に考える。ゲームのスチル絵を思い出そうと必死になった。アルフレッドルートのエンディングは、どんなスチル絵だったのか?

(ウエディングドレス、着てなかった)

 思い出したのは、アルフレッドとアンジェリカが仲良く寄り添うスチル絵で、結婚式のものではなかった。

「穢れは落ちました」

 シスターはそう言うと部屋を出ていった。

(結婚するまでするなってこと?)

 体の中から時折痛みが来る。目線を動かすと、ボットとカップが置かれていた。サイドテーブルは手の届く範囲にあったので、少し体を起こして飲んでみる。

 何かのハーブティーだ。何の作用があるかなんて、もはやアンジェリカにはどうでも良かった。

「キレイな体で嫁げってことよね?」

 だからわざわざアルフレッドの生母が手を下した。そうアンジェリカは解釈した。


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