第19話

 アルフレッドが扉を開けると、そこには近衛騎士が立っていた。国王付きの証である金のモールがついている。それを見て、アルフレッドはついにきたと、喜んだ。ようやく、国王である父上が認めてくれたのだ。と。


「ご同行を、お願い致します」


 なので、近衛騎士の言い方にまるで気づかなかった。王子である自分にそのような言い方をしていることに疑問さえ持たず、自分が廊下に出ると二人の兵士が両脇にたっていることも、アンジェリカのためなのだと素直に受け入れた。


(婚約の義は盛大にしてくれるのだろうか?)


 国王から呼び出されたので、自分とアンジェリカの事だと素直に喜んだ。謁見の間では冷たくあしらわれたけれど、まだ政務をしている最中であったからあのような態度だったと思う。目の前にあのヴィオラの父親がいた。父親である侯爵にはなんの罪も無いかもしれないが、あのような娘を育てたのだからそれも罪といえばそうだろう。

 だから、時間がかかったのだ。アルフレッドはそう考えて一人納得した。

 そんなことを考えているうちに扉の前に立っていた。


「お連れしました」


 兵士がそう言うと、扉が開かれた。

 なぜかだったのだか、アルフレッドは気づかなかった。そのまま扉をくぐり部屋へと入っていった。

 部屋の中では父親である国王が椅子に座り、脇には侍従が付き添っている。近衛騎士も控えて扉の前に立っていた。


(随分厳重だな)


 そう思いつつ、父親である国王の前で片膝をつく。


「アルフレッド、参りました」


 二人きりなら普通に話しかけるはずだったが、侍従がいるのであっては形式ばった挨拶から入らなくてはならない。


「なぜこのようなことになった?」


 国王の言葉にアルフレッドは一瞬耳を疑った。突然何を言っているのだろうか?いや、問いかけの意味が分からなかった。


「父上、それはどういう意味でしょうか?」


 顔を上げて問う。自分はあなたの問いかけの意味がわかりません。と。


「お前は学園で一体何をしていたのだ?」

「なにを?ですか…」


 どういう事なのか、アルフレッドは理解できなかった。学園で何が起こったか話したではないか!それなのに、この問いをしてくるとは?


(父上は、私の進言を理解していないのか?)


 アルフレッドは何を言っていいのか分からず、黙ってしまった。


「お前が謁見の間で申したことだ」

「………」


 アルフレッドは理解できなかった。進言したことを父上である国王は受け入れていない。それどころか叱責しているのだ。


(私とアンジェを認めてくれていないのか?)


 アルフレッドが黙ったままなので、国王は仕方がないと、深いため息をついてから口を開いた。


「お前の婚約者は誰と思っているのだ?」

「そ、それは…」

「分かっているのだな?分かっていながら公の場でそのような事をしていたのか?」


 学園の中でしていたことを咎められるとは思ってもいなかった。学園の中では身分の違いなどなく、分け隔てなく過ごすのが慣例ではなかったのか?


「父上、そのようなこととは…その」

「お前の王位継承権は、モンテラート侯爵の後ろ盾があってこそではなかったか?」


 そう言われて、アルフレッドの顔は青ざめた。

 今になって、ようやくヴィオラの言わんとしていたことがわかった気がする。


「モンテラート侯爵は大層呆れていたぞ」


 国王がため息混じりにそう告げると、アルフレッドは更なる緊張を強いられた。


「ち、父上、私は…」


 弁明の機会は与えられるのだろうか?

 今更ながら、自分の迂闊さが恨めしい。


「ベンジャミン男爵は、どれほどの後ろ盾になるというのだ?」

「後ろ盾、ですか?」

「よもや、第一王子であるから王位継承権があると思っていたのか?」

「え?」


 突然言われたことに、アルフレッドの思考は追いつかなかった。王位継承権は、第一王子である自分にだからこそではなかったのか?意識した時には、自分は王太子と呼ばれヴィオラが婚約者だった。

 だから、王太子である自分にヴィオラが宛てがわれたと思っていたのだが?違うというのか?


「政をするにあたって、臣下からの信頼は何より重要。それぞれに派閥がありまとめ役がいる。モンテラート侯爵家は隣国の血が入っている。この意味が分かるか?」


 近隣諸国に、アルフレッドたち王子と婚姻ができそうな姫はいない。王族同士の政治的な婚姻が望めなければ、臣下の身分で国の繋がりが必要になる。隣国との繋がりを王族の代わりにしてくれている臣下に対して、アルフレッドは裏切りで返してしまったこととなる。


「ベンジャミン男爵は外交ができるのかな?」

「そういった話はあまり…」

「お前の弟たちは実にしっかりしておるよ」

「父上?」

「お前の不誠実さにみな呆れておった。女ひとりに絆されて周りがまるで見えていない。そのような者に政ができるのか?」

「アンジェを守るためなら、精進致します」


 必死の顔でそれを言ったが、国王は鼻で笑った。


「こんな時まで愛称で呼ぶか?」

「い、いえ、その…」


 普段から愛称で呼んでいたため、こんな場面でさえ愛称で呼んでしまった。公私の区別がついていないのはだらしないと捉えられる。

 アルフレッドは乾いた唇を何度も舐めた。視界の端にいる侍従は黙って記録を取り続ける。自分の間抜けな言い訳が、後世まで残されるのかと思うと情けなくなった。

 このままでは、女に現を抜かして王位継承権を失ってしまうのだ。

 王位継承権がない自分に、アンジェは果たして微笑んでくれるのだろうか?国王になれず、臣下の位となった自分より、宰相候補と言われる友人の元に行ってしまうのでは?そんなことを考えていたら、胃がムカムカしてきた。


「まぁ、よい」


 国王が突然そう言った。

 驚いて顔を上げると、冷ややかな目と合わさる。


「少し考える時間をやろう」


 部屋を後にすると、両脇に近衛騎士が立った。腕を取られたりはないものの、行動の自由は無くなっていた。

 友人たちがいるであろう辺りを避けて、自室へと歩かせられる。


「交代で見張りが入りますので、くれぐれもおかしな真似はなさらないよう」


 国王付きの近衛騎士に言われ、ちらりと横を見れば、違う近衛騎士が既に部屋に入っていた。

 世話係の侍女とは違い、扉の横に立っているだけだ。


「当面この部屋からは出られませんよ」


 そう言われて、アルフレッドは力なくソファーに崩れ落ちた。

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