第28話 ドS勇者の出撃

 前にも言った気がするが大切なのは情報だ。

 相手が魔人だろうと、それは変わらない。


「バリンガス、状況はどうなってる?」


 僕は支部長室にバリンガスとカルザフを呼び出して、最新の情報を報告させる。


「やっこさん、エルフをしこたま殺しながら街の領主……つまり、タイバーデン伯の屋敷に向かってる」


 バリンガスがいつもと変わらない冷静な様子で口を開く。

 念のために机に広げられた街の見取り図で位置関係を確認した。

 港と屋敷の直線上に、ティーシャが待つ宿屋はない。

 ……よかった。


 盗賊たちにも金をばら撒き、絶対にセリアーノに手出ししないように言い含めてある。今すぐ身内に被害が出ることは回避できたのだ。


「逆に人間の奴隷は解放して回ってるそうだぜ」

「英雄気取りか……クソ魔人め」


 カルザフの追加情報に思わず悪態を吐くと、影の中に潜んでいるヴェルマから不機嫌そうなオーラが漂ってきた。


(別に君のことじゃないからね)

(わかってるわよ)


 一枚岩じゃないといっても魔人のことを悪く言われるのは、自分の種族が馬鹿にされたと感じるようだ。

 そういうところだけは人間やエルフと一緒なんだな。


「どうする小僧。このままじゃ俺たちの商売もあがったりだぜ。人がいて、物があって、それを盗んでこそ盗賊だ」


 支部長になってからも変わらず小僧呼ばわりしてくるカルザフ。

 僕としてはその方が気楽でいい……できれば名前の方で呼んで欲しいけど。


「そうはいっても、ユディ。俺たちにはどうすることもできんぞ」


 同じくユディ呼びのままのバリンガスの言うとおりだ。

 街の裏社会を仕切ってると言っても、所詮は盗賊。

 同じ盗賊タイプのヴェルマが相手だったらともかく、武力で力押ししてくる戦士タイプの魔人と正面から戦う力はない。


「それなんだけどバリンガス。セリアーノについての情報、もっとないかな」

「魔人のことなんてこれ以上は調べようがない」

「いや、そうじゃなくて。人間時代の、エクリアで騎士として活躍してた頃の逸話とか。なんでもいいから」


 バリンガスが黙する。

 代わりに、考え込んでいたカルザフが口を開いた。


「“双円”のセリアーノと言えば、前の戦争で大活躍した英雄だったと思ったけどな……」

「それそれ、そういうのでいいから!」


 ほとんど与太話だと前置きしてからカルザフが続きを話してくれた。

 聞いた話をまとめると……。


「……要するに完全創造主の敬虔な信者で、重度のブラコン?」

「後半はあんまり真に受けるなよ? あくまで噂だからな」


 カルザフが念を押すくらいだから、確実な情報というわけではないみたいだ。


「ああ、そういえば……その弟のフォルガートは魔人になったセリアーノと一緒に行動してるぞ」

「バリンガス……それ、どんな様子かわかる?」

「少し待て」


 情報を丸暗記しているバリンガスにしては珍しく、手帳を取り出して目を通した。


「こいつは情報じゃない。遠目にセリアーノ達を目撃した盗賊の個人的な感想だ。そういうつもりで聞いてくれ。彼曰く『エルフを斬ってはキスをして、通りを血に染めては互いに愛を説く姿は、姉弟というより恋人同士のようだった。あまりのおぞましさに吐き気がした』……だ、そうだ」


 支部長室がシーンと静まり返った。


(ヴェルマ、どう思う?)

(……私とグランドルのときと同じでしょうね)


 ヴェルマはみなまで言わなかったが。


「ああ、そういうことか」


 理解した。

 ヴェルマとグランドルがお互いの種族間の蔑視感情を消し去るために魔人になったように。

 セリアーノは弟との禁忌の愛を禁忌でなくすために、魔人になったのだ。

 

「まったく同感だよ。気持ち悪すぎる……」


 人倫を超越するために、わざわざ違うモノになるなんて。

 まさしく『裏切りし者』だ。

 どこまでも間違っている。


 ああ、これは……目を背けるのは無理だな。

 自分の中で戦いたい理由を見つけてしまった。


「おい小僧、どこに行くんだ」


 やおら立ち上がり退室しようとする僕を、カルザフが肩に手を置いて引き止めた。


「タイバーデン伯の屋敷」

「ばっ……」


 カルザフが僕の両肩を掴んで、強引に振り返らせてくる。


「ばっかやろう! 何考えてんだ! バリンガスの話を聞いてなかったのか!?」

「カル、落ち着け」


 今にも殴りかかってきそうなカルザフを、今度はバリンガスが止めた。

 しかし、彼も意見は同じらしく、厳しい目つきで僕を睨んでくる。


「アレに勝てるのか?」

「わかりません」

「なら、何故行く」


 僕は……。


「こんなときナイトフォックスなら……逃げません。必ず立ち向かいます」

「小僧……」


 カルザフが悲しそうに、だけど優しく僕を見つめた。


「いいか、よく聞け。ナイトフォックスなんて実在しねぇんだ。物語の中だけの存在なんだよ。こんなとき俺らにできるのおは尻尾撒いて逃げることだけ……立ち向かうなんてのは盗賊のすることじゃねえんだ」

「それ、なんだかシアードが言いそうなセリフだね」

「確かに奴の受け売りさ。だが間違ってはいない。違うか?」

「違わないね」


 あのチキン野郎には全面的に賛成だよ。

 どう考えたって普通にやれば勝ち目はない。

 正攻法で勝つなんてのは盗賊のやり方ではないし、それこそマインドベンダーの戦い方でもない。


 他人を利用し、自らの手を汚さず、危険は避け、おいしいところだけを掠め取る。

 それが僕の戦い方だ。


「でも、ごめんよカルザフ。僕はセリアーノのことがどうしても許せないんだ」


 どうしてこれほどまでに魔人に対して拒否反応が出るのか、自分でもいまいちわからない。

 だけど……うまく言葉にできないけど、魔人の在り方は間違っている。


「ここで逃げたら、僕は自分のこと一生許すことができなくなる。自分の魂に顔向けできなくなる気がするんだ」


 アレは駄目だ。

 ヴェルマみたく僕の使い魔になったらならともかく、自らの意志でこの世界を渡り歩いていい存在じゃない。


「小僧、お前……泣いてんのか」


 え?

 自分では気づかなかったけど、本当だ。


「はは……男が泣くなんてかっこ悪いね」


 言葉を失ったカルザフに笑って見せる。

 そのとき、バリンガスが――


「カル、ちょっと俺に付き合え」

「は? バリンガス、何だよ急に――」

「いいから来い」


 強引にカルザフの首根っこを引っ張って、僕を押しのけて支部長室を出ようとしたのだ。

 そのすれ違いざまに、


「ユーディエル支部長」


 一瞬、耳を疑った。

 バリンガスが僕のことを初めて支部長と呼んでくれたのだ。

 カルザフも目を丸くしている。


 そしてバリンガスは僕に……こう言ったのだ。


「あの女が大切にしてる宝、根こそぎ盗んでやれ」

「……うん、任せてよ!」


 僕が威勢よく答えると、バリンガスはニヒルに笑って……カルザフと一緒に支部長室を出ていった。

 

「バリンガスの笑い方、かっこいい」


 あんな笑い方ができる大人になりたいな。


「はは、僕じゃ一生かかっても無理かな」


 目から伝い落ちた雫をゴシゴシと落とす。

 泣いてなんていられない。


 僕は自分のできる限りを尽くして……必ず、セリアーノを倒すのだ。




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