04.ナビゲート係



気付けば、半年が経過していた。

賢者の家で家事を覚え、近隣の情勢を勉強した。食糧の買い出しに行くのに付き合い、金勘定も覚えた。

狩を覚え、自分でも収入が得られるようにもなった。けれど、頭では解っていても、傷付け、命を奪うことに抵抗があった。

だから、人手を募集していると聞いて、近くの町のパン屋でバイトするようになった。パン屋のオヤジは容赦がなく、よく叱られた。早起きも辛かったし、ディスられることへの反発心と賢者の励ましで、当初はどうにか頑張れた。

雑用から、パンの生地作りを任されるようになって、初めてパン屋のオヤジが俺を褒めた。認められ、涙目になったことは、賢者には内緒だ。


「そろそろ、町で暮らしますか?」


「え」


「部屋を借りるだけのお金も貯まったでしょうし、ここからでは通いづらいでしょう」


昼下がりのお茶をしながら、事もなげに賢者は言った。

唐突な言葉に俺は驚く。だが、彼女が指摘したことは事実だった。


「賢者、は……」


「私の家はここですから」


町で暮らすつもりはない、と頑として譲らない意思が籠った言葉だった。

俺が言い淀んでいると、賢者は俺に問いかけた。


「それで、魔法を使いたいですか?」


賢者の質問の意味が解らず、俺は数秒固まった。そして、理解して眼を丸くする。


「ははっ、魔法を使えること、すっかり忘れていた」


女神特典の存在を忘れていた。その事実が可笑しくて、俺は笑う。


「それはよかった」


賢者も満足そうに微笑んだ。魔法への関心が微塵もなくなっていると、賢者は気付いていたんだろう。


「どうぞ幸せになってください」


人としての人生を祝福する言葉を、賢者は俺に贈る。慈愛すら感じるその微笑みを見て、俺は不思議に思った。


「賢者は?」


「へ」


「賢者は幸せになろうとしないのか?」


きょとんと眼を丸くしたあと、賢者は可笑しそうに笑いだした。


「ふふっ、貴方のおかげでしばらくは幸せですよ」


意味が解らず、俺は首を傾げる。


「貴方が魔法を使わないおかげで、人が文化形成するまで待たなくていいですから」


あれ、結構キツいんですよねぇ、と苦笑しながら賢者はお茶を飲む。


「私も、転生者なんですよ。不老不死特典の」


だから、しばらくは人里に下りられないと賢者は言った。


「じゃあ、ナビゲート係って……」


「どうせ暇だろう、と女神に頼まれました」


何ともあっさりした答えに、俺は笑った。

ひとしきり笑ったあと、彼女がナビゲート係だったことに感謝した。


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賢者ナビ 玉露 @gyok66

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