第19話 お守り返却

 走り去って行く三人の狩人達を静かに見送った後、ルハナはスバキの方へと足早に向かう。彼を迎える為にスバキは雌のドラゴンの尻尾を滑り台の要領で下りてくる。


「知り合いの狩人? 急いで北に向かったようだけど、何かあったの?」


 簡潔にルハナが事態を説明すると、スバキからはありゃ、だの、ありゃりゃだのと相槌が返ってくる。それでも事の次第は充分理解したようで、ルハナは町へ戻り、急いで準備を整えてから北へ向かうつもりだと話すと、彼女は落ち着いた様子で返す。


「了解。じゃぁ、私はここでドラゴンの解体班の到着を待つとするよ」


 確かにスバキの狩人階級では、応援として向かうよりもその判断が妥当である。それでもルハナは少しばかりの期待を胸に彼女を誘う。


「スバキ殿も一緒に行く気はありませんか?」


 ドラゴン登場で狩人試験は中断されてしまったが、ジガにも言ったようにルハナはスバキの実力は上級狩人のものに匹敵すると考えていた。相手にするモンスターとの相性もあるかもしれないが、自身と同等、或いは上の階級であってもおかしくないと睨んでいるのだ。加えて騎士としても狩人としても目にしたことない程の鮮やかな戦法。ルハナは密かに彼女の戦いを再び見たいという願いを抱いていた。


 しかしスバキはばっさりとルハナの誘いを断る。


「や、止めとく。今日はもう疲れた。解体作業見学したらもう帰って寝る」


 謀ったようにスバキは欠伸をする。


 断る事は何となく予想していたが、ルハナとしてはその理由は装備が心許無いことや、スバキの階級で北の山に踏み入れる事が規則に反する事を述べるものだとばかり思っていた。北の山脈は狩人組合支給の地図では橙や赤の地域が多く点在する。それらが示す未踏区域や危険区域はそれぞれ、中級と上級狩人でないと足を踏み入れる許可が下りない。下級狩人以下でも橙色の未踏区域であれば三級以上の狩人が、赤の危険区域なら二級狩人が同伴していれば問題ないので、自分と共に行動していれば問題無いと、ルハナは彼女に声を掛けたのだ。


 しかし本人に行く気が無ければそれまでの話である。自由なスバキの返事に落胆するルハナに、彼女はそれに、と続ける。


「騎士君が向かうなら事態は収まったも同然だしね。私の出る幕なんて無いでしょ」


 言い終わる前に再び雌のドラゴンの亡骸をよじ登るスバキ。返事も自由であれば、行動も実に自由である。


 今回のドラゴン討伐という功績からスバキは間違いなく昇格するだろうが、それはすべてが落ち着いてからになるだろう。今のスバキの肩書は飽くまでも九級狩人。二級狩人であるルハナが彼女の狩りを目にすることができるのは、またの日となりそうだ。ルハナはそんな私情を胸に仕舞い込み、北の山脈の応援要請へと頭を切り替える。


 あぁ、そういえばとドラゴンの腹の上からスバキがルハナに呼び掛ける。


「忘れるところだったよ。これ、ありがとね。返すよ」


 そう言って軽くルハナに向けて投げたのは、紐のついた石。ルハナがスバキに貸していたお守りだ。


 放物線を描きながらきらりきらりと赤く光るそれを難無く片手で捕り、掌の中の魔結晶に閉じ込められた陣を確認するルハナ。日にかざし、ひびが入っていないか入念に点検する。何せ割れてしまったお守りは既に守りの魔導が発動してしまったものなのだ。致命傷となり得る攻撃を受けても、何ら効果を発揮しない。


 お守りの中の陣は綺麗のままであった。そればかりか、ルハナにはスバキに貸した時よりも陣が少しだけくっきりと見えるような気がした。まじまじとお守りを調べるルハナに気付いたスバキは再び声を上げる。


「効力になんら影響はないけどね。まぁ、一応貸してもらったことだし。暇だったし。磨いといた」


 スバキなりの恩返しということだろう。納得したルハナはお守りを首にかけ直す。そしてスバキの方を見上げると改めて姿勢を正し、良く通る声で礼を述べる。


「スバキ殿。ドラゴン討伐の際、貴殿のご助力なければ私はきっと無傷では済まされなかったでしょう。何より奴らに逃げられてしまった可能性も高い。深く、感謝しています。このお礼は先程貴殿に対して無礼を働いてしまったお詫びの食事と併せて後日、改めてさせて頂きたい」


 そうして簡易的に騎士の敬礼をする。スバキはその姿に歯を見せて笑い、ドラゴンの上で座ったまま彼を茶化す。


「いいのかい、試験官ドノ? 受験者になんか敬礼しちゃって?」


 ルハナは敬礼を解く。だが慌てる様子も無く、真面目な調子で言い切る。


「問題ありません。今度貴殿と会う時には対等な関係でしょうから」


 暗にスバキが上級狩人として相応しいとルハナは述べる。しかしスバキは笑うばかりだ。含意がんいに気付いたのかどうかさえ、その表情からは全く読み取れない。それでもルハナの言葉を否定も肯定もしない。


「じゃ、今度会えるの楽しみにしとくよ」


 当たり障りの無いスバキの軽い別れの挨拶にルハナは目礼をしてから踵を返し、町へと走り出した。


 まるで事件が落ち着いた数日後には会えるかと思うほどあっさりした別れだったが、ルハナが彼女と再び会えたのは、実に二ヶ月後であった。

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忠誠の狩人 中 真 @NakaMakoto

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