part.8

毛布の中は灼熱だった。外の世界は極寒だと言うのに、秋山も八神も今は逆巻く情火の坩堝の中だった。


「いつも思うが先生の匂いは堪らねえ、脳味噌が蕩けちまいそうだ」

「…や、…やがみさん…っ」


切なげに上擦った声を漏らしながら、秋山が八神の髪を掻き乱す。

秋山に頭を抱えられた八神の唇が、その肌を愛でるように点々と赤い花弁を散らして行く。

秋山の敏感で小さな蕾を舌で転がすとビクビクと震え、甘い溜息と共に清楚な花の香りが芳醇に立ち昇る。

秋山らしいその清廉な香りは、秋山を汚したいと思う八神の欲望に焚べられた薪のようなものだった。

もうブレーキの掛けられない所まで八神は来ていた。

熱に浮かされたような眼差しで見つめ合い乍ら、互いに弄り合うその刺激に愉悦の表情を見つけては、それにまた己が劣情を煽られる。

何度も交わす荒々しい口付けと喘ぐような吐息が狭い車内に甘く充満し耳をも犯し、二人の繋がりたいと言う渇望を膨張させた。

秋山の半端に脱げたズボンを煩わしげに取り去り、フルフラットになったシートの上で今度は八神が上になる。

今や毛布も隅っこに追いやられ、八神の背中から湯気が立ち上った。外気温の低さにも関わらずアドレナリン沸騰中の二人には全く寒さを感じない。このまま召されてしまえば極楽往生、悔いもない。

秋山の開く脚の間で、行くぞと勇んだ八神がその切先を当てがった。だが覚悟はしていた筈の秋山も怖気付いて腰がずり上がる。


「逃げんな!」


秋山は腰をぐいと掴まれ、力を込められた。ソレはめりめりと音を立てて秋山の中に裂け入ろうとしていた。


痛い!痛い痛い痛い!

「ンぅーー…っ!!」


あまりの痛みに秋山が唸りながらバン!とガラスに指をつくと、蒸気で曇る窓硝子にくっきりと引っ掻いたような五指の跡が付く。


「待って、待って下さい…ッ、やがみさんっ!」

「ダメだ!これ以上待てねえ、分かるだろう?待てねえよ先生…!」


寒さも忘れ、車の中の非日常に夢中になって没頭していると、白くなった窓に突然柔らかな光が反射する。二人は眩しげにその光に目を細めた。

外に人の気配がする。雪を掘るような音と踏みしめる音。数人の男達の声。二人の動きが止まり、その瞬間、最高潮に達しようとしていた昂りが顔を引っ込め、ぎくりと顔を見合わせた。


「中に人はいますかー?救助のものです!」


複数の人達の気配を確かめようと、秋山の付けた窓の指跡から外を覗き見た。懐中電灯が幾つか暗闇に蠢いている。


「やった!助かったぞ先生!」

「や、ヤバイ!ヤバいよ八神さんっ!服っ!服っ!!」


対照的な二人の反応だった。半泣きの秋山があたふたしている間にも、救助の人が運転席の窓を叩いて中を照らしながら覗いてくる。繕うにも儘ならず、二人で毛布をかぶるのが精一杯だった。


「どうしよう八神さん!なんて言い訳したらいいんだ!」

「言い訳?なんの言い訳だ?裸で暖を取ってましたって本当の事を言えばいいのさ」


ケロっとしてそんな事が言える八神は大物だと思う。

間も無く車のドアが開けられて、秋山と八神は救出された。

車外に出て分かったのだが、車体の半分程が雪で埋まっていた。

、あと少し救助が遅かったら、二人の車は完全に雪に没していたかも知れなかった。

中から裸の男二人が出てきたのには救助の人達も随分驚いていたが、俯いて何も喋れない秋山の代わりに、八神がかなり端折はしょった理由を説明すると、皆一同に一抹の疑問は残りつつも、一先ずは成る程と納得しているようだった。

またしても不発になって冷めやらぬ疼き以外、身体は何ともなかったが、取り敢えず大晦日の病院に二人は搬送され、色々検査を受ける事になった。だが空腹な以外、当然問題は何も見つからなかった。

翌朝、看護師に何故救助が来てくれたのか尋ねてみると、見慣れぬ車がこんな大雪の日に旧道に入って行くのをたまたま目撃した地元の人が、消防へと通報してくれたのだと教えてくれた。

こうして元旦の朝食は、病院食となったのだが、空腹の二人には御節にも引けを取らぬほどに美味しい食事となったのだった。

そしてもう一つ。秋山が故郷に帰りずらい理由が増えた。


【男二人、裸で暖を取り救助待つ】


元日で新聞には乗らなかったが、地元のネットニュースにはこんな見出しがが踊っていた。ご丁寧にも毛布に二人で包まる写真付きで。


「はあ〜っ、もう死にたい!恥ずかし過ぎてもう地元を歩けないよ!墓参りの呪いを僕は甘く見て居たのかも」


病院を出て家路につく道すがら、握ったハンドルにしがみついて項垂れる秋山がいた。


「おいおい、こんな事まで親父さんの所為にされたら本当に化けて出られるぞ、楽しい経験だったじゃねえか!色々残念ではあったが…まあ随分と…いや、かなり残念な所で終わったが、滅多に無いぞ、ニュースで取り上げられるなんてのは!」

「そこですか!

貴方という人はホントにもう、何というか…」


呆れて溜息をついては見せたものの、あの状況で共に陰々滅々にならずに済んだのは、八神のこのウルトラスーパーな楽天的な性格故だった。

帰り道の車内で高いびきをかいている八神を見るにつけ、取り敢えずどんな時にでも生きる勇気や喜びみたいなものを与えてくれる八神と言う存在は、秋山にとって貴重だという事がこの里帰りで良く分かった事だった。

来年はどんな年末になることやらと、今年が幕を開けたばかりだと言うのに、既に思いやられている秋山だった。

その後、70%まで行った二人の行為が100%になったかどうかは…はてさて次へのお楽しみ。という所だ。


end.



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あとみく様へ進呈。

「理髪店の男」にリクエスト下さったおかげで、

シリーズ化にする運びとなりました。

本章を細やかながら進呈致します。

今後とも、秋山と八神を末永く宜しくお願いします。

有難うございました。

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