part.7

「ヤバイですよ!とにかく消防に連絡を…消防でいいんですかね、こう言う時って!」

舞い上がる雪を引き連れて、スマホ片手に秋山が車内に飛び込んできた。気温はマイナス幾つだろうか。車内のヒーターが救いだった。


「あれっ?おかしいな、圏外になってる!八神さん!八神さんのスマホ…ああそうか、無いんでしたね」


八神のスマホは去年の乱闘騒ぎでお釈迦になったきりになっていた。誰から連絡があるでも無し、秋山のスマホがもっぱら八神の連絡先だった。別段それで不自由はなかった。このご時世に!


「こうなったらジタバタしても仕方ねえ、朝になったら何とかなってんだろう」

「何とかなりますかね。もっと凄いことになってやしませんか」

「先生はどうもマイナス思考でいけねえな」

「八神さんが脳天気なんですよ」


狭い車の中、二人は盛大な溜息をついていた。その拍子に八神の腹の虫が鳴いた。


「そう言えば俺達サンドイッチしか食ってねえな。なんかねえのか食いもんみたいなものは」


秋山が何かゴソゴソとコンビニの袋の底から取り出して来た。封を切り、八神へとそれを差し出した。


「ポッキーなら…」

「……よし、大事に食おう」


ポッキー一箱で大の男二人がどこまでもつか分からないが、二人は無言でそれを食べた。半分食べて半分残し、あとは二人とも早々にやる事がなくなっていた。ラジオの紅白歌合戦もいよいよ佳境に差し掛かっていた。


「先生、これってベンチシートだよな」

「はい。そのはずですが」

「ふーん、ベンチシートか」

「…八神さん。なんか、よからぬ事を企んでいませんか」


付き合いも一年となると、こう言う妙なタイミングで八神のスケベ心が発動する事を秋山は学習していた。

案の定、八神の顔がニヤついている。


「やる事ねえし、暇つぶれるぞ?」

「僕を暇潰しの道具にするつもりですか!もっと、こう…、」


八神が易々と秋山の上に覆い被さってくると、ガクン!とシートが倒され、秋山に軽い衝撃が走った。


「うわっ!」

「もっとこう?何だ。ロマンチックに誘って欲しい。とかか」


八神は更に秋山へとのしかかり、耳元に熱い吐息を吹きかける。


「いつも貴方は即物的過ぎます!…っ、八神さんっ…ぁ、」


柔らかな首を甘噛みされて、秋山の芯がどくりと疼く。


「即物的で何が悪いんだ。今ヤリてぇんだよ!カーセックスなんて魅惑的な響きじゃねえか?」

「だからっ、そう言う事を言わなくて良いですからっ」

「良いですから?何だ、その先ちゃんと言ってみろよ。どうして欲しいんだ?」


八神の暖かい手が、秋山のセーターの中に潜り込んできた。秋山のなけ無しの腹筋が波打った。

互いの怒張が布越しに重なり合い、そこだけに熱い血液が集まって脈打った。

秋山の両手をシートに押し付けて拘束し、八神は大きく口を開けて秋山の唇やそのねっとりとした舌を思うさま蹂躙した。

秋山もそれに応えるように八神の唇を吸い、舌同士が互いの口腔を行き交った。

普段は隠されている秋山の劣情が煽られる。即物的で何が悪い。八神の言葉が頭の中で囁いた。

もう、やって仕舞えばいい。欲しいまま獣のように!


「うをおぉ…っ!さみい!なんか寒く無いか?!先生!」


秋山の身体の上で八神が身震いした。

漸く目眩く世界の入り口に辿り着いた秋山は、まだ蕩けた眼差しのままなのに、今の一言でいきなり八神に現実に引き戻された。

そう言えばさっきよりも寒くなった気がする。秋山はまだ息を弾ませながら、やけに車内が静かな事に気がついた。エンジン音がしていないのだ。不審に感じて燃料計に視線を走らせた。目を疑った。燃料計がゼロを指していたからだ。

嗚呼…もうダメだ。


「僕と心中してくれますか?八神さん。とうとうガソリンも無くなったみたいです」

「なにぃ?!」

「こっちに着いてからガソリン気にしてませんでした。すみません僕のミスです」

「エンプティランプ点いてなかったのか?!」

「、、あ………。見てませんでした」


これが三年間のブランクの恐ろしさと言うやつだ。

ヘッドライトが消えた車外は真っ暗で、一体どのくらい積もっているかさえ分からない。ますます車内は冷え込んで、さすがの八神もこれはまずいんじゃ無いかと思い始めていた。

幸い毛布が一枚、後部座席に丸まっていた。取り敢えずそれに二人は包まって互いの熱で暖をとった。


「裸になれ、その方があったかいかも知れん」

「えっ?…ちょっと、八神さん、」


八神は自分が先に潔く脱ぐと、秋山のセーターを引き剥がした。冷えた外気に鳥肌を立ててすぐさま互いの熱を求めるように抱き合った。

平な胸板同士がぴたりと重なるとどちらのものか分からない鼓動が早鐘を打つ。


「暖かいです。

こんな風に、裸で抱き合うの初めてじゃ無いですか?」


今は照れている場合ではなかった。互いの熱がなければ確実に死ぬ。


「俺の我慢の賜物だ。先生が抱かれたいって本気で思わないうちは強姦になっちまう」

「ははっ、八神さんにもそう言う感覚ってあるんだ」

「笑うな!俺を何だと思ってるんだ」

「即物的で俗物で下品で沸点が低い、どすけべなおじさんだと思ってます」

「お前なあ」

「でも、そんな貴方が……とても…」


「好き」の一言が言えずに秋山は八神の胸に顔を埋めた。秋山の体温がほんの少し上昇した気がした。


「なあ、俺達朝には死んでるかも知れねえな。だったら、悔いは残したくねえよな」

「僕もです」


いつもは八神からなのに、今は秋山から能動的に口付けた。再び二人に火がついた。死を意識した時の生存本能で男女が睦み合うと言う話は聞いた事があるが、男同士でどんな本能が働いたと言うのだろう。

狭い車内。包まれた毛布の中で、秋山が八神を跨ぐ形で抱き合った。

相手の一つ一つを丁寧に探り合い、肌を擦り合わせ、互いの熱を上げて行く。確実に二人の熱で車内が温まっている。その証拠に窓が内側から白く曇っていた。








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