へんてこりん店主

レネ

第1話 バブル崩壊後



輸入雑貨店を経営している・・・というと、多少は小粋な印象をお持ちになるかもしれないが、私の場合、実情は悲惨なものだった。


そもそも私が輸入雑貨店の経営をすることになったのは、なんの仕事をしても長続きしなかったからで、あっちの会社へふらふら、こっちの会社へふらふらしているうちに、漂うゴミが波打ち際に打ち上げられるみたいにそうなってしまったので、所詮そんな店がうまくいくわけなかったのだ。


最近は、店が終わると、肩を落とし、うなだれて家へ向かう日が多くなった。

売り上げは一向に上がらず、むしろ客は減る一方なので、オレは何をやってもダメだなあ、こんな食うや食わずの生活、いつまで続くかなあ、などと思いながら、寒い夜、鼻水を拭き拭き、薄汚れたコートの奥まで染み入ってくる冷たい風をこらえ、家路をとぼとぼ歩くのだ。

しかし、家に入る時くらいは少し明るい顔をしようと思い、瀟洒な家の立ち並ぶ住宅街を20分ほど歩いて辿り着いた、築40年の木造アパートのドアの前で、もう一度鼻を拭き、唇の両脇をニカッとしっかり上げてから、

「ただいま」

ときしむドアを開ける。

「あら、パパだよ」

と、妻と生後半年の息子が迎えてくれるので、ほうら、たっくん、ただいま、きょうは楽しかった?なにしたかなー?などと話しかけながら、ちらと妻の顔を伺うと、妻はすぐに錆びついたガス台に向かって味噌汁を温めているので、少し気まずさを感じながら食卓に目を移すと、おかずはイワシが数匹と簡単な野菜炒め。

ああ、良かった、きょうもあまり売れなかったけど、おかずが質素な分、これなら焼酎一杯くらい飲んでも許されるかなあ、と思い、私は妻の顔色を伺いながら、

「あのう、焼酎一杯・・・」

「あら、どうぞ、お湯はポットに入ってるわよ」

本来、幸せとはこういうことを言うのだろう。たとえすきま風の通るアパートでも、床のきしむ部屋でも、そこで待っていてくれるのが、こんなに優しい妻で良かった。しかも彼女は昔の宮沢りえさん似の美人なのだ。

最も、結婚する時、友達に紹介したら、

「似てるか〜?」

と怪訝そうに言われたのだが。


私はお湯割りを作り、子供を椅子に座らせ、自分も妻の向かいに座って、たっくんに離乳食を2、3くち食べさせ、焼酎を一口飲むと、決まって妻が聞くのだった。

「きょう、どうだった?」

「うん、まあまあ」

普段はこれで終わるのだが、この日は妻の態度がいつもより執拗だった。

「良かったの?」

「うん、まあまあ」

「あなた、最近ずっとまあまあしか言ったことないじゃない」

「えへっ・・・そ、そうかな」

「何だったら、私が帳簿つけてあげましょうか?」

「いやいや、それはいいよ。こう見えても、僕は学生の時、1年かかったけど簿記検定の3級とっているので」

「簿記くらい、私は2級持ってるわよ」

「いや、奥さん、それを言っちゃあおしまいだよ。とにかく僕の得意科目は簿記くらいだったんだから、仕事の楽しみをとらないでほしいんだ・・・」

「妻が何も言わないので、私もしんみりとイワシをかじりながらお湯割りを飲み、何とかこの不景気を乗り切る方法はないものか、と1人黙って思案し、妻が食事を終える頃、

「あっ、あのーっ、お湯割りもう一杯」

妻が無言なので、

「えへへ、ご飯にしょうかな」

「自分でついでね」

                    (つづく)

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