二十八話「氷河の主」

紅色と白色の交錯する世界。今、俺の視界を独占している色彩でありその2色は俺の目に強調されて映し出される。今、俺はこの人工世界の地面に立っている。


「はぁー……ふー」


息を吸うごとに心臓がバクバクと鼓動を速める。


グル、ググ……さっきまで吠えていた群狼獣も本格的な威嚇を始まる。


「オラオラ、どうしたよ!くそ狼共!さっきまでの勢いはよぉ!」


Vorzは目を見開きながら大声を出し、群狼獣を薙ぎ倒していく。ったくVorzの奴、俺の倒す群狼獣も残しておけよ。

宙で舞う刀身、扱う自分さえもギラリとのぞく切先に魅了される。地面に落ちる群狼獣の死体、空中へ跳んだ群狼獣の引き裂いた時の血、全てが輝いているように感じている。この気分は……何と言えばいいのだろうか。

高揚感、そう高揚感。

自分よりも弱き存在を見て、優越感を感じているような……そんな高揚感。


「あと30匹ってとこか……」


ほんの15分、体感時間はほんの数秒程度だがそれほど経っていた様だ。そして段々と高揚感は薄れ、動きが遅くなっていく。


「こんなあからさまに効果の切れ目が分かるなんてな」


「はぁ……うるせぇ、話しかけんな」


さっきまで威勢のよかったVorzも息を切らし、血闘剤を使う前より出血が目立つ。


「いくぞ!」


もうすぐ血闘剤の効果が切れるのは使っている自分がよく分かる。だからこそ今攻める。

途中で効果がきれて攻撃される可能性は考慮せず、ただ突き進む。


「このまま……潰す」


3体……そのすぐ後ろに4体。こちらへ向かってくる群狼獣。さっきまでスローモーションのような群狼獣の動きが段々といつもと同じ速さに戻っていく。一本の糸に通す様に腹を裂く。

早く、早くしないと……体の動きの鈍さに反して気持ちは焦っていく。


「はぁーー‼︎」


最後の力を振り絞り、Vorzも10体近くの群狼獣を一撃で薙ぎ倒し、吹き飛ばす。


あと12体……大剣の先を地面につき、大剣を杖のようにして寄り掛かるVorz。そこへ6匹、俺の方へ6匹。

こいつらで終わり。

ぷち

あ、あれ……おかしいな……何で、膝が地面についてるんだ?

あ、まずい……地面が近づいていく。視線が段々と低くなっていく。今、俺が膝をついたのだと遅れて理解する。

立て。立てよ!俺の足!!

あと6匹、いや、Vorzの分も含めれば12匹か?いや、あれ?俺……何をしようとしたんだっけ?


「だめだ、血闘剤が……」


薬が切れた。その現実が俺の体を地面へと誘う。


くそっ、あと12匹……届かない。まだ11時47分か……

俺がゲームオーバーするまでに配信、始まらなかったな。最近、配信の開始をするのも億劫になり12時に配信が自動で始まるように設定していたことを思い出す。

はっ、走馬灯で配信のこととは……つくづく配信バカだな。

唯一自分が好きで継続してやっていたことだ。

まあ……総合的に見ればいい人生だった……のかもしれない。


「はぁぁ!」


肉を裂く音、俺の頬に群狼獣の血液が付着する。目の前にはミソラが……いた。薙刀を振るい、襲いかかる群狼獣を死体で追い返す。


「あと……6匹!」


ミソラはVorzへ襲いかかる群狼獣へ突っ込む。

瞳孔が開ききっていたミソラの目は群狼獣を捉え、突き刺す。


……俺は、何でこんなところで膝をついてるんだ?

助けるって決めただろ。もう仲間を失いたくないって一度は思ったんだろ!


「う、あぁあぁああ!!!!」


固く、重くなった腕を無理やり動かす。

ゆっくりと刀の鞘を掴む。

ミソラはVorzへ飛びかかる群狼獣3匹を抑え薙ぎ倒す。


「あと3匹!」


ミソラの薙刀に一匹仕留める。2匹目への攻撃の途中、群狼獣は薙刀を躱し、腕に噛み付く。


「ッッ!いったいなぁ!!」


今まで聞いたことのない怒り溢れる声色で腕に噛みついた群狼獣に頭突きする。その頭突きに群狼獣は四肢のバランスを崩し倒れる。そのままミソラは薙刀を倒れた群狼獣に突き刺す。


「あと1匹……」


薙刀を刺して引き抜こうとするミソラをよそにVorzへ一直線に向かう最後の群狼獣。

ダメだ……ミソラの攻撃は間に合わない。

俺が……今出来ること。三人で生き残ってここから脱出する為に出来る事。


「はぁぁぁぁぁぁ!!」


関節が、筋肉が、骨が悲鳴を上げている。

俺の腕がどうなってもいい。今そこにある命が救えるなら……

投擲、刀を投げた。風鼬竜フウユガルの太刀【鎌鼬・金波銀波かまいたち・きんぱぎんぱ】を。

刀はミソラの背後を通り、噛みつこうとした群狼獣の首を貫く。Vorzは鼻で笑い、口元を緩める。


「ナイ、スッ」


血だらけで死にそうな顔で、今までに見たことのない笑顔で……俺にグッドマークを見せる。

嬉しい。なぜか心の底から俺は救われた気になった。戦いが終わったという安堵感と二人の見えなかった一面を知ったからだろうか。


「やっ、…………やったぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」


ミソラが叫ぶ。涙を流しながらただ叫んだ。俺やVorzは喉の筋肉さえあまり上手く動かせないせいか声を出すのが難しい。さっき一回だけ声を出せたのは奇跡と言ってもいいだろう。

とにかく……何より


「終わったんだ……やっと」


約2時間、遭難してからは約4時間ほど。悪夢のような長い闘いが終わった。


「ミソラ、Vorzの手当てを」


掠れて弱々しい声でVorzの手当てを優先させる。


「あ、そうだね」


ミソラは回復アイテムをVorzへ付与する。


「よし……これで1時間もあれば傷は治るんじゃないかな」


俺の方にもミソラが駆けつける。


「外傷はなさそうだね。よかった」


「ああ、俺よりもミソラの出血の方がひどいだろ」


噛まれた腕と頭から血が流れている。

特に腕からは出血が酷い。


「問題ないよ。出血も大分おさまってきたし……」


安堵した声をかき消す音が聞こえる。

ゴゴゴ……ボゥ

遠くからだがこちらへ向かってくるほどくっきりと聞こえる。


「な、何?今の音……まさかまた雪崩?」


「わ、分からない……でも……嫌な予感がする」


どうかこの嫌な予感があたらないように……祈ることしかできない。今の自分の無力さからただ祈る。

その音から10秒ほどしてその正体が目の前に現れる。


「な、何なのよ……何でこんな時に!」


残酷なことだ。祈り届かず目の前に現れたのは血が皮膚に付着した氷河の主【暴竜ディナオス


ティラノザウルスをモデルにしたフォルム、爬虫類のような肌。


「くそっ……」


多分、全力で挑んだとしても勝てるかどうかすら怪しい。そんな奴がこんな時に……

雪は降り止まない。俺達はモンスターの轟音と静かに積もる雪の中で深く際限のない絶望に埋もれた。

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