二十七話「消耗戦」

Vorzの大剣の一振りが集団を真っ二つに分け、左右の端に寄った群狼獣を倒す。至ってシンプルだ。だが数の暴力とはよく言ったもので段々と俺とミソラ、Vorzの動きは鈍くなる一方、群狼獣達からは変わらず激しい攻撃が続く。


「はぁ……はぁ、クッソ……減らねぇ」


Vorzの顔は疲れによって歪み、いつもより面相が悪くなる。無論俺やミソラも息が上がり、苦しい状況が続いている。


「うわっ」


まずい。Vorzの方へ群狼獣達がなだれ込んでいく。その中の一匹がVorzの右腕に噛み付く。白くとがった牙は噴き出す血液によって紅く染まっていく。


「ッッッッ!」


歯を食いしばり堪えるVorz。その間にも他の群狼獣達は腕や足、首元へ噛み付き肉を千切る。

……やめろ。これ以上仲間を殺すつもりはないんだ…‥!

斬撃、たった一つの斬撃。8の字に空間を切り開いたその刀は群狼獣達の血で鮮やかに染まった。


「ピャッ」


犬のような高い鳴き声と共に倒れる。


「Vorz!大丈夫か?」


振り向くと噴き出す血液にVorzの装備が紅く侵食されている。


「このくらい……なんてことねぇよ」


弱々しい声で強がるが明らかに致命傷だ。


「手当てを……」


いや、ダメだ。視線を前に戻せ!戻すんだ!体の向きを変え、群狼獣の群れの方を向く。血のついた牙で俺に噛みつこうとしてくる。血走った眼球から目を逸らし、ただ切り裂く。


「へっ、いい太刀筋じゃねぇ……か」


Vorzの声が掠れ始める。今にも死にそうな声で、惨めになる声色で。


「もう喋るな!じっとしてろ……まだ間に合うッ……」


まだ出血量は致死量には至ってない。止血さえ間に合えば何の問題もない……だがこの大群、三人でも捌き切れなかったのに二人となった今、攻撃の激しさは倍以上に厳しいものとなっていく。


「くそっ」


何も思いつかない。工夫を考える暇すら与えない。このまま俺とミソラの意識が無くなった時が最後、俺達は肉を貪られ、ゲームオーバーをしてしまう。

それは考えうる、そしてありえる最悪の展開だ。

でも打破する体力も精神ももう存在しない。


もう手を止めてしまいたい。もう倒れてしまいたい。そんな誘惑が俺の感情を揺さぶる。体も寒さによって段々と動かなくなっていく。


「くそっ……動かねぇ」


荒くなった呼吸に白い息と共に俺は俺達が雪を踏みしめた際に出来たアイスバーンに足を取られる。


「あっ……」


無理だ。体勢が……立て直せない。


「K1くん!」


ミソラの声が聞こえてくるが、意識はどんどんと遠のいていく。

頭がアイスバーンへ触れ、その硬さにギリギリで保っていた意識が途切れ、気を失う。




…………目を開ける。あまりに静かな目覚めに戸惑う。


「俺は……ゲームオーバーしたのか?」


さっきまでの群狼獣の唸り声の喧騒が無くなり、不気味なぐらい静かだ。


「まだゲームオーバーなんかしてないよ。K1くん」


……ミソラ?薄い意識の中、ゆっくりと目を開ける。

俺はその視覚情報から状況を理解する。


「……そういうことか」


【プロテクトキューブ】……キューブ状にプロテクトバリアを展開することでモンスターやプレイヤーの攻撃から身を守るアイテム。


「持ってたのか、それ」


「うん、もしもの時にと思って」


「そうか……、……Vorzは⁉︎」


だめだ、頭がふんわりしている。


「Vorzならキューブの壁にもたれかかってるよ」


透明なキューブの外側から群狼獣達が本能剥き出しで俺達を襲うと群がっている。……このままじゃみんなゲームオーバーが確定だ。どうせ死ぬなら……やれることはやるか。俺の人生、こんな所で終わるとはな……


「なあ、ミソラ」


「ん?何?」


「【血闘剤】、あるか?」


ミソラは少し驚いたように口を開いた後、口を閉じる。


「なんで……そんなにしてまで、抗うの?私はもう諦めてここで死のうとしてるにさ!それに……【血闘剤】は使えばとんでもない力とスピードを得られるし、傷の痛みも感じないらしいって聞いたことある。けどそんなのまやかしのもの!しかも効果が切れれば三日はまともに体を動かせないし、尋常じゃない無力感に襲われて廃人同然になっちゃうアイテムなんだよ!そんなの使おうなんて……おかしいよ」


ミソラの右目から大粒の涙が落ちる。


「やっぱそうか。ミソラ結構ヘタレだよな」


「死ぬときは潔く死にたいだけだよ。ヘタレじゃないし」


涙を拭い、ミソラは俺にビンタをする。力のこもっていない、包むこむ様なビンタで俺の頬を叩く。


「はあー!分かったよ。私も抗ってやろうじゃない。意地汚く諦め悪くそして……気高く……ね」


ミソラはアイテムボックスから【血闘剤】を2つ取り出す。


「おい、俺にそれ渡せ」


ミソラと俺は声の方を向く。Vorzが立ち上がり、こちらに歩み寄っていく。


「俺にも使え、それ。もし勝った時に俺達を安全な場所に連れてけるのはKかミソラしかいねぇからな」


「……勝つ前提かよ」


「あたりめぇだろ。ビーズの為にも負けることなんか考えてねぇよ」


ミソラの元へ行き、Vorzの傷の応急手当だけ済ませて【血闘剤】を手に取る。


「その注射針を武器を持つ方の腕に打ち込めば発動する。……もうこのプロテクトキューブも数秒で壊れる」


「だな」


プロテクトキューブにどんどんとヒビが入っていく。


「二人とも……勝ってね」


ミソラの言葉と共に俺とVorzは利き手の腕に針を通す。薬剤を中へ押し込む。


どくん、ドクン。


注入すると同時、心臓の鼓動が大音量で聞こえる。体中に響く音、体中の血液が流れる音が段々と俺の感覚を消し去る。


プロテクトキューブが割れ、大量の群狼獣達が全方位から押し寄せる。俺達の覆い隠す様に飛び跳ね、牙を剥く。




吹き飛ばした。襲いかかる群狼獣を吹き飛ばし、斬り裂いた。


体が軽い、とんでもなく軽い。あれだけ疲労困憊のVorzもあの大剣を軽々と振るっている。


「迷惑かけた分、仕事しねぇとな」


Vorzは歩きながら群狼獣を斬り払い、襲いかかってきた群狼獣には思い切り剣を振り、叩き落とす。


「頼むぜ、坊主」


俺は体勢を低く雪と地面に足を食い込ませ、突っ込む。

鋭く群狼獣の群れに入り込み、芝刈り機のように斬り殺していく。縦横無尽の連撃、さっきまでとは倒すペースが全然違う。一匹一匹を確実に殺している。しっかりとした斬撃を感じる。俺は口から漏れる白い吐息と共に思いきり息を吸い込んだ。

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