Chapter12-ICE MEIDEN/絶対零嬢

 アイスメイデンがそう言った直後ありったけの創成因子ホビアニウムを練り込んだ冷気をフロア内に放出された。



「ちぃ……ッ!」



 絶対零度の冷気がたちまち充満していく。

 それを素早く察知した蛇凶じゃきょうは不愉快そうに舌を打ち鳴らした。



「……っ」



蛇凶じゃきょう、あなたのギアソルジャー、ギアボロスの能力も既に解析済みです。

 固有ユニット名……天俣大蛇アマタノオロチ

 機体の至るところから多種多様な蛇を創り出すことの出来る能力……そしてギアボーグであるあなたにもその能力と蛇の性質が色濃く受け継がれています。ピット器官を用いた生体感知がその最たる例……しかしそれが同時にあなたの弱点でもあります……とアカメ様が言っています』



 アカメは再び蛇凶じゃきょう目掛けて飛び出し、それに倣うように蛇凶じゃきょうも飛び出しながら、身体からいくつかの大蛇を生やし、アカメを牽制する。




 しかしアカメへの攻撃は全て回避されてしまい、逆に生み出した大蛇を両手で掴まれ蛇凶じゃきょうは動きを封じられてしまった。



「は、速い!?」



『アカメ様が速くなったのではありません。アナタの動きが遅くなっているのです』



「……っ」



 吐息すらも白むほどの冷気の中、アカメは静かに蛇凶じゃきょうを見つめる。



『変温動物である蛇は低温下では動きが鈍り、活動出来なくなる……最初アイスメイデンの氷柱の針を体に撃ち込まれた時アナタはかなり動揺していましたね? それはではないですか?……とアカメ様は言っています』



「私の能力を封殺しながら自身は最大限能力を活かす戦法を揮る。コマンダーとしてもやるじゃない、ただのロボットにしては」 



「……っ」



 アカメはその怪力で掴み上げた大蛇を綱引きの綱のようにして蛇凶じゃきょうを引き寄せ、顔面に強烈な右ストレートを叩き込んだ。



「ぐ……っ!?」



 壁、ガラス、鉄筋、長机、照明。

 あらゆるものを巻き込み吹っ飛んだ蛇凶じゃきょうは全身の骨が砕かれ地面に倒れ伏した。


 すぐに故障箇所や欠損箇所が再生していくも先程よりも再生速度が落ちていた。



 度重なる身体の創成化アニマライズによって感情エネルギーが少なくなっているのだろう。



『あなたのような殺人鬼の称賛は客観的観点からも無価値と判断します。よって速やかに殺害シークエンスを完了させて頂きます……とアカメ様は言っています』



「本当に……本っ当に目障りだわ! ギアボロス!」



 ギアボロスは自身の機体をねじりその場で回転した。

 どうやら機体そのものに天俣大蛇アマタノオロチを使っているようだ。

 ありったけの創成因子ホビアニウムを込め、ギアボロスは巨大な大蛇の姿に変わる。

 

 全身の至るところに蛇の顔がある異形の大蛇。


 そしてその蛇達が蛇凶じゃきょうの攻撃の合図とともに一斉にアカメとアイスメイデンを見た。




「……っ」



FINISHフィニッシュ OVERオーバー!』



 ギアボロスは自らを大蛇の姿に変え襲いかかるも、アイスメイデンの突風のような冷気を浴びて動きが鈍くなる。

 さらにすかさずアカメは耳に装着された雪の結晶型のトリガーマイクの必殺技トリガーを押し、必殺技発動の体制を整える。



『消えるのはアナタの方です……とアカメ様は言っています。そしてワタシも同意見です』




「……ッ!」



冬景色ふゆげしき-氷河双狼砕ひょうがそうろうさい……ALLオール COPYコピー!』




 アイスメイデンは自らの能力で拳を氷で覆った。

 創られた氷は無骨な氷塊から徐々に洗練された形に変化していく。

 まるで一流の彫刻家が木材に少しずつ彫刻刀を入れていくように。

 より強く、より硬く、より鋭く、より美しく、そしてより具体的な形を成した。



 出来上がった極氷の両拳は白い狼の姿をしていた。

 氷の彫刻のような繊細さと大陸氷河のような迫力が両立した究極の芸術アートである。



 アカメに創れないものは無い。

 感情を持たないアカメの瞳には一切の澱みがないからだ。


 機械仕掛けの瞳だからこそ彼女は視界に入ったものを正確に記憶し、その信号をアイスメイデンに送ることで、ほぼ完璧に近い形で構築することが出来る。


99%の再現度リアリティを誇る究極芸術。

これこそ極氷構築機関アイスエイジャーを用いたアカメの戦術の真髄である。



 アイスメイデンが双狼の拳を地面に突き立てると床がまるでアイススケートリンクのように瞬間凍結した。

 地面に接していた蛇凶の足が凍結され身動きを封じられる。



「身体が……くっ!? ギアボロス!」



 すぐさまギアボロスがアイスメイデンに飛びかかるもアイスメイデンに近づくほど動きが鈍くなりついに行動を止めた。 


 既にギアボロスが行動不能になるほどの冷気が周囲に溢れている。



 さらに凍結が進み、身体の全てが氷漬けになった。



「……っ」


『アナタが蛇の生態を忠実に受け継いでるならこの低温環境は堪えるでしょう。アナタのようにいたぶる趣味はありません。一撃で効率的に仕留めます……とアカメ様は言っています』



 アイスメイデンは氷漬けになった蛇凶じゃきょうとギアボロスごとその双狼の拳で粉々に叩き割った。


 蛇凶じゃきょうの肉体はバラバラに砕け散りあたり一面に転がる。



「……」



 アカメはじっと目の前を見つめていた。

 細かい何かが蠕動ぜんどうしている。



『これは……』


 動いていたのは蛇凶じゃきょうの肉片だった。


 肉片は肉片同士引力のようなもので少しずつ引き合い結合しようとしていた。


 なんと未だに蛇凶じゃきょうは死んでいない。


 原型を留めない肉片になってもまだ生きている。


『ギアボーグは感情エネルギーが尽きない限り再生し続ける。やはりその核たるソウルギアを破壊しなければ終わらないようですね……なんと見苦しい生命力でしょう』



「……っ!」



 アカメは砕け散った肉片の中に光るものを見つけ、身を屈めそれを掴んだ。


 おおよその大きさはビー玉程度の金属。

 おそらくこれが蛇凶じゃきょうのソウルギアだろうとアカメは理解した。


 ソウルギアは別名魂魄記憶特殊合金と呼ばれ、ギアシューターやギアソルジャー、そしてギアボーグといった機械を動かすエネルギー核だ。


 このソウルギアは何百何千という罪の無い人の魂や感情エネルギーを食ってきた蛇凶じゃきょうの本体である邪悪の根源。


 これを破壊すれば蛇凶じゃきょうを完全に葬ることが出来る。


 アカメは手に力を込めソウルギアを握り潰そうとしたその時だった。



「……ッ!?」



 ソウルギアは風船のように弾けて無数の蛇となってアカメの機体に幾重にも絡まり、その動きを封じた。



 アカメは身をよじり蛇の拘束を解こうとするが無数の蛇に集られ、その内の何匹かが機体の関節部に潜り込まれてしまい思うように身動きが身動きが取れずにいた。



『ソウルギアそっくりの姿に擬態した蛇!? 小細工を! アカメ様今お助けしま……っ!?』



 囚われたアカメを助けようとアイスメイデンが駆け出すも途中で動きが止まり、その後力を失ったように膝をついた。



『まさ……バッテリー切……!? こんな……きに……』




 

 先の必殺技の使用により大幅に創成因子ホビアニウムを削られていたことで、実に最悪なタイミングでギアシューターに装填されていた創成因子ホビアニウムチャージャーが底をついたのだ。



『ア……アアア………カメ……さ……』



「フフフ……形成逆転ね」



 身体の修復を終えた蛇凶じゃきょうとギアボロスが地に這いつくばるアカメを見下ろし、笑みを浮かべる。興奮しているのか頬を上気させ、舌舐めずりをしていた。



「……」



 アカメは渾身の力を込めるも拘束を抜け出すことは叶わない。

 アイスメイデンの目は既に光を失っており、その場を動くことは出来ない。

 動くためにはまたギアシューターに新しい創成因子ホビアニウムチャージャーを再び装填しなければならないが、今アカメは蛇凶の蛇に全身を拘束されていてそれも敵わない。


 全ての希望を断たれ、勝負は決してしまった。


 蛇凶じゃきょうはその場で身動きの取れないアカメに跨り何度も何度も拳を撃ちつけ足で踏みつけ叩きつける。


 しかしアカメはなんの反応も示さない。


 ただじっと蛇凶じゃきょうを見つめていた。

 何かを訴えるようでいて何かを諦めたようにも見える空虚な瞳を見て蛇凶じゃきょうは興味を無くしたようにため息をつき、「つまらない」と呟いた。



「悲鳴どころか眉一つ動かさないなんて……まぁ感情の無い出来損ないのあなたから恐怖を引き出すこと自体が無理な話ね。餌にも値しないゴミはここで破壊することにするわ……ギアボロス」


 異形の蛇の怪物がズルズルとその巨体を引きずりながらアカメの眼前に迫り、持ち上げた。


 大きく開かれた口の中にもまた無数の蛇。

 これからこの悍ましい口に飲み込まれ、粉々に噛み砕かれるのだとアカメ自身も認識した。



「……ぐっ!?」



 しかしアカメの後ろから二筋の赤い閃光が走った。


 赤い閃光は蛇凶じゃきょうとギアボロスに的確に命中し貫いた。

 アカメの体スレスレを潜り抜けた神がかりな射撃故に彼女は反応すら出来ず、アカメは拘束から抜け出しその場に倒れる。


 苦悶の表情を浮かべる蛇凶じゃきょう、大地が震える程の悲鳴を上げるギアボロス。



「赤い……弾丸……ッ!? この創成因子ホビアニウムはまさか……ッ!?」



 蛇凶じゃきょうは閃光を放ってきた方角に視線を移すとそこには瓦礫を背にして、赤い創成因子ホビアニウムをオーラのように纏った不死鳥のギアソルジャーとギザギザ頭の少年が立っていた。



「見つけたぞ、蛇凶じゃきょう……ッ!」



 その後その瓦礫を切り刻み、青い創成因子ホビアニウムを纏った龍騎士タイプのギアソルジャーと虹髪の少年が現れた。



「何とか間に合ったようだな」




歯車はぐるのボウヤ……っ!? それにお前は……っ!?」



「私の部下が世話になったようだな、蛇凶じゃきょう



ひいらぎィ……龍舞りょうまァ……ッ!」




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