第39話 学校で……やっと逢えた

 野乃香が出て行った日は、部屋の中の温度が一気に下がり、寒さで震えながら眠った。昨日までは狭い部屋の中では、彼女の姿はどこにいても確認できた。今では、どちらを向いても彼女の姿が見えない。


―――これからどうしたらいいんだあ! 

 と、つい大声を出して叫びたくなる。


 布団にくるまって、じっと耐えて朝が来るのを待ちながら、いつの間にか眠っていた。



 けたたましい目覚まし時計の音で目が覚めた。よーしっ、ようやく朝になった。これからバイトに行って、それから学校だ。学校へ行けば野乃香に会える。メールで元気だといくら返事が返って来ても、顔を見るまでは安心できない。

 仕事に行く前に電話してみよう。


「昨日は何をしていたの?」

「べ、別に。変わったことはないよ」

「なんだよう。それだけ?」

「だって、三人そろって久しぶりに夕飯を食べたり、今まで何をしてたか思い出話をしたり、結構遅くまで起きてて、疲れちゃった」

「そうだよな。久しぶりの親子水入らずだから、結構楽しく過ごしてたんだろうなあ」

「なんか、ひがんでる?」

「いや、別に」

「あ、独りぼっちになっちゃって、寂しかったんだね」

「なんだよ、その言い方」

「わかった。寂しかったとか、会いたかったとか言って欲しいんでしょ?」

「ないない、そんなことは。俺は、一人で自分のペースで過ごしてたから、気楽だったよ」


 ついいきがってしまった。ここは素直につまらなかったと言った方がよかったかな。


「ええっ、そんなあ。気楽でよかったの。冷たいなあ」

「いや、面白くなかったけどね。野乃香がいないと」


 こんなにすぐに認めちゃってバカだな、俺って。

 もっとじらしたり、煽ったりするテクニックを学ばなきゃいけないかな。


「わあい、その言葉を聞いて、嬉しくなったよ。今日もバイトをやって学校に行く元気が出た」

「絶対休まないでよ。学校だけは」

「休まないよ。行かないと来夢に会えないもんね」

「まあ、うん」

「私に会えないからって、やつれないでね!」

「なんて奴だ。俺は、かっこいいままだよ」

「期待してま~す!」

「じゃあ」

「またね」


 バイトに行く気も失せていたが、何とか朝食を摂って出かける気力が戻った。野乃香の方が自分に夢中で、付き合ってあげてるつもりになってたのが、いつの間にか会えなくて辛いのは自分になってしまった。



 スーパーでのバイトがいつも通り終わり、学校へ急ぐ。品出しが多かったので、体は疲れていたが、心は軽ろやかだった。


 教室のドアを開けるとき、ドキドキしていた。ドアの向こうに野乃香の顔が見えるだろうか。


「こんにちは!」


 教室を見回す。

 あれ、まだ来てないのか。

 がっかりして自分の席に着く。

 鞄の中から教科書を取り出して机の上に置いた。


 突然冷たい手が、後ろから俺の両目を蔽った。


「誰だよ!」


 何の声も聞こえない。誰だ、こんな悪戯をするのは。小さくて、ふんわりと柔らかい触ったことのあるような感触。俺は、そっと両手を目のところに持って行き、握った。


「野乃香だろ?」


 違っていたら、恥ずかしい。返事が聞こえないぞ。早く何とか言って欲しい。


「野乃香ちゃんでしょ?」

「そうで~す! わ~い、当たった~! 覚えててくれたんですねえ」


 俺は泣き出しそうになっていた。だけど、一日会えなかったからって、涙を見せたらかっこ悪すぎる。ぐっとこらえて明るくいった。


「まったく、悪戯な奴だな」

「嬉しかったでしょ」

「ま、まあね」


 目の前に姿を見せた野乃香は、あい変わらず髪の毛を束ねている。毛の束が体を動かすたびに揺れる。見慣れた光景にほっとした。教室に誰も来ていなかったので、両手をしっかりつかみ、ぎゅっと引き寄せた。


 逢いたかったぜ! と心の中で言って、体をぎゅっと抱きしめた。すると、心の中に閉じ込めていた言葉が出てしまった。


「逢いたかったぜ……」

「うん、私も」


 まずい。

 目から涙が出てきそうだ。

 それに、この状況まずい! 

 教室で二人きりでラブシーンをやってるなんて、誰か来たら見え見えになる。あああ、見せたくない。だけど、この状況、続けたい! 周囲に警戒しながら、一瞬でキスした。


「あのう、もう離れた方がいいんじゃあ……」

「そうだね。その通り」


 誰も来ないうちに離れることができほっとした。不覚にも俺の目には涙が溢れている。鼻水までが出てきそうだ。


「は、早く、涙を止めないと」

「あははは、ね、ねえ。あああ、毎日会えるんだよ、来夢、そうでしょ」

「そうだっ、その通り」


 廊下に人の気配を感じて、必死で普通の顔に戻した。


「だからさあ、ほら、あそこのお店だってば」

「ふ~ん、そうなんだ」

「今日は、一時間目、社会だよね」

「そうだよ」


 会話も、普通の会話に戻し、教室に入って来たクラスメイトが怪しまないよう、それぞれの席に着いた。

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