第28話 冷え切った心を癒す良い方法を思いついた!
体中が冷たくて、心が氷りついてしまいそうだった。お風呂のお湯を入れてくれた野乃香が言った。
「先にお風呂に入ってね。体が冷え切ってるから、早くあったまった方がいいよ」
一日中外にいたせいか、体の先端は寒さでかじかんで、自分の手足ではないような気がしている。指先をぎゅっと握り閉めた野乃香が、驚きの声を上げた。握ったまま手を擦ると、摩擦でほんの少しだけ暖かくなった。
「冷た~い! かじかんでるよ。さっ、さっ、早くお風呂に入ってね!」
「うん。少しはあったかくなるよね」
「少しどころか、体中があったまるよ」
その時、俺の頭の中にいたずら心が芽生えた。
「そうだね、早くあったまった方がいいよね。だけどゆっくり入りたいから、俺は後で入る。そうすれば、いつまででも気兼ねなく入っていられるし、野乃香も入るのが遅くならなくていい。さあ、先に入った、入った!」
「そうなの」
「早く、早く!」
「そんなに言うなら先に入るけど、なるべく早く出るからね。暖かい飲み物でも飲んで待ってて」
「そうするよ。コーヒーを飲んで待ってるから、ゆ~っくり入っててね」
俺は彼女に愛想よく手を振り、テーブルに座っていた。
バタンと扉が閉まり、時計を見た。五分ぐらいが経過したのだ、すっと立ち上がり風呂のドアをそ~っと開けた。野乃香は俺が脱衣所にいることに気付いていないようだ。着ていたズボンをそっと脱ぎすて、上に来ている衣服も音がしないよう手際よく脱いだ。
全裸になった俺は、そっと、扉を開けた。すると、裸で湯船につかっている野乃香の姿が見えた! 扉を背にして向こう側を向いている。扉を開けた音に気付いて、振り向いた瞬間、彼女の顔が引きつった。
「あ~あ~~~っ! やだ、来夢、な~に裸じゃない! どうしたの、次に入るんじゃあ……」
俺はすっと目を細めて、風呂場に一歩足を踏み入れた。小さなタオルで前を隠してはいるが、そこ以外は丸見えの状態だ。
「何で、何で、どおして! 今、入ってくるのお!」
「いいでしょ、今日は」
「どおしてなのっ! あ~ん、やだ、やだ!」
最初は胸の前に両手を持って行き、それでは下が完全に見えてしまうので、今度は下に両手を持って行き、手をバタバタと上下させている。湯船に、水しぶきが経つ。
「焦らなくてもいいよ」
「そんなこと言ったってっ! 見えちゃうじゃない!」
「もう、体が冷えちゃって、寒くてしょうがないから、早く入りたいんだ!」
「あ~ん、だから先に入ってって言ったのにい、困るよお~~~」
身をよじって抵抗しているが、俺は一歩また一歩と洗い場の中に歩みを進め、シャワーの前に座り、体に湯をかけ始めた。
―――ちょっと強引だったかな、まあいいや。
シャワーで体に湯を掛けると、びりびりとしびれるような感触が足に走った。温度差が大きいせいで、足がその暖かさに慣れるまで、湯を掛け温めた。
「はあ、気持ちいいなあ。体があったまってきた」
「もう呑気なことを言って……なによ」
抵抗するのは辞めたようで、じっとしている。俺は彼女の視線を感じながら、振り返り立ち上がった。今度は、両手を目の前に持って行き、顔を隠している。しかし指の隙間から、ちらりと黒目が覗いているのがわかった。
俺は、洗い場で椅子に座り体を洗い始めた。体中に石鹸の泡が付き一日の疲れまでが洗い流されていくようで、心地よい。ちらりと振り返ると、黒目がこちらを向いていて、目が合うと急いでまた別の方向へ動く。その動きが面白くて、背中を見せながらちらちらと顔を合わせた。
―――俺の逞しい体を見て、うっとりしているんじゃないのか。
―――もう少し見せておこう。
体中泡だらけになり、シャワーで一気にその泡を洗い流した。体のラインが、更にはっきりと見えているはずだ。
「ずっ~とお湯につかってたんでしょう? 顔が真っ赤になってる。もう体洗ったの?」
「まだなのよ……だけど……」
「じゃあ、交代しよう。俺は湯船に入るから、野乃香がこっちに来て洗えば!」
「ええっ、そこに座るの!」
「当たり前でしょ。外国では湯船に入ったまま洗うらしいけど、座らなきゃ洗えない」
「ど、ど、ど、どうしようかな」
「洗わないと、汚いぞ!」
「そうだよねえ」
「ほら、どうぞ」
俺は立ち上がり、直立不動になり浴槽の前に立ちはだかった。まだ真っ赤な顔をして、前方を見つめている。敢えて俺と視線を合わせないようにしている。俺は前だけはタオルで隠しながら、浴槽に足を入れ体全体を沈めた。狭い浴槽の湯は、今にも溢れそうなほど一杯になる。二人とも首まで湯につかった格好で、向かい合った状態で体育座りし、足を延ばしている。
「お~、あったか~い」
「……」
野乃香の黒目は、落ち着かずにくるくると回りながら、時折俺の体に視線が移る。
―――実は見とれているんだろうな。
―――男と風呂に入るのなんて、初めてだろうし。
女の子が、どんなふうに風呂に入るのかは、実はいつも気にはなっていたが、口には出せなかった。間近で見ていると、いつもは服で隠れているところの肌の白さが際立っている。その肌が、ほんのり赤らんで桃色に輝いている。水滴と湯気の中でまるで別の生き物のように、動いている。まるで未知の生物を見ているようで、心がときめく。
「顔が真っ赤だよ。のぼせちゃうから、早く洗った方がいいよ」
「……まあ、そうだけど」
立ち上がった時に体全体が見えてしまうので、野乃香はかなりためらっている。
「早くしないと、のぼせて倒れちゃうよ」
「……だけど」
「じゃあ、一瞬目をつぶってるから出ればいい」
「……本当?」
「本当だよ。俺が嘘ついたことある?」
「ない、かなあ」
「じゃあ」
俺は、目をぎゅっと固くつむってみせた。
「ほら今のうち」
「うん」
湯が動いて、立ち上がる気配がした。その瞬間俺は薄目で前方を見た。ほんの少しだけ開けただけなので、彼女には気づかれていない。前にタオルを垂らしてはいるが、胸のふくらみやくびれたお腹、足の付け根付近がはっきりと見える。横に薄く開けた瞼の中から入って来た体のパーツが組み立てられ、俺の脳内に彼女の姿が映し出された。そして再び目を閉じても、その残像がくっきりと見えた。
「もう目を開けるね」
「……ああ、ちょっと待って」
まだ立った状態の後姿が見えた。もう目を閉じることが出来ない。先ほどよりも、心臓の鼓動が早くなっている。真っ暗な部屋で布団にもぐりこんだ時には、感触だけの世界だったが、手を触れることもできずにその姿だけが見える視界だけの世界も、凄い刺激的だった。しかも現実に、目の前で展開されている。
タオルに石鹸を付けて、体を洗っている姿がたまらなく美しい。こんなことに興奮する俺は、まだ子供なんだろうか。
「背中、流そうか?」
「う~ん、いいわよ」
―――そりゃそうだよな。
―――そんなことをしたら、もっと近くで見られてしまうからな。
背中を向けているので、俺はじ~っとその動作を見守っている。
「さっきから、じ~っと見てない?」
「いいや、別に」
―――全くの嘘だ。
一挙手一投足見ている。野乃香は俺の事が好きだと言っていた。
「あのさ、女の子って好きな人に触れたいと思う?」
「……あ、ああ」
体を洗っていた手が止まった。きわどい質問をされ、たじたじになっている。
―――こうなるともっと困らせたくなってしまうんだよな。
「洗ったら、少しだけ俺に触れてみて。この前好きだって言ってたでしょ」
「……そ、そうね」
体にシャワーの湯をかけて、タオルで体を隠しながら湯船に入って来た。相変わらず狭いので、ほとんど体がくっついてしまう距離だ。
「向かい合っているとお互いの姿が丸見えだから、向こうを向けばいい」
「そうだよね。そうする」
今度は、俺に背中を向けて湯船につかった。この格好だと、野乃香の方が完全に無防備になる。それに気がつかずに向こうを向いた。
「好きな人に触られても、嫌じゃないよね?」
「……えっ、ええっ、そんな!」
俺はグイっと、両腕を前に向けて野乃香の胸の前で交差させた。当然のことながら、そこには彼女の膨らんだ二つの胸があり……。
俺の体は、彼女の背中にぴったりとくっついた。
焦った彼女は、胸を押さえようとしたので、今度は手をお腹の部分に移動させた。そしてさらにぎゅっと抱きしめる。ごつごつした俺の体を背中で感じた野乃香は、体の力をふ~っと抜いて体を持たせかけてきた。体の温もりは俺を心から温めてくれた。
暖かいお湯の中で、そのまま暫く過ごすことになり……、二人とも風呂を出ることには、体中が真っ赤になっていた。
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