第16話 帰りたくないってどういうこと
―――野乃香は一体俺の事をどう思っているんだろうか。
時折子供のような振る舞いをするかと思えば、とてつもなく甘えてきたりする。それでいて、同じ部屋で寝ていたのに、何事も起こらなかった。期待していたわけではないが、あれ程一緒に行きたがったのに、触れられると、大慌てするし、一体何を考えているんだろうか。
―――考えれば考えるほどわからなくなる。
考えすぎても頭が痛くなってくるだけなので、それ以上考えるのはやめておいた。
帰りも楽しそうに、うきうきと遠足のようにはしゃぎ、地元の駅に着くと途端に悲しそうになり、俯き加減になってしまった。遠慮がちにいった。
「来夢と一緒に旅行できて、すっごく楽しかった。あたし邪魔にならなかったかな」
「ならなかったよ。楽しかった。それに久しぶりに親父に会えて、よかった。ありがとう」
正直、本当に一緒に行くつもりなのかと疑っていたが、連れて行ったことは後悔していない。
「あたしの事、変な子だって思ってないよね?」
「思ってない」
「よかった」
それを言うと安心したのか、両手を頬に当てて嬉しそうなしぐさをした。
―――またこんな可愛いしぐさをしている。
俺は彼女に急接近した。
「ホントに楽しかったよ。野乃香は面白いけど、変じゃない」
「来夢……。あれ……」
俺は彼女の頭の上に手を乗せた。その瞬間、髪止めに着いている豚が揺れた。そのまま、ぎゅっと彼女の背中を自分の方へひき寄せた。すると野乃香もすっと俺の方へ寄った。
―――あれ、あんなに嫌がっていたはずなのに、今度はぴったりくっついてる。
―――不思議な女の子だ。
「お疲れさま。楽しかったね」
「楽しかった」
「また一緒にどこかへ行こうね」
「どこでも……」
初めて正面からこんなに接近した。呼吸をする度に、肩が動いている。当たり前の事だが、そんな女の子が自分の傍にいるのは温かくていい。
顔を見ると瞳が潤んでいるような気がする。子供なのか大人なのか、時々そのギャップにはっとさせられる。今度はじっとこちらを見ている。
―――何か期待しているのか……。
―――期待に応えるべきか……。
俺はおでこにキスしてみた。今回は俺からだ。野乃香は目を閉じた。じっと目を閉じ、開けた瞬間、再び目が合った。すると、恥ずかしそうに俺の胸に顔を埋めてしまった。
―――これって、まるで……、ドラマのワンシーンのようじゃないか!
―――しかも相手が野乃香だ!
―――ドラマだと次はどうなるんだっけ。
俺は、思い出そうとする。
―――こんなシーンがあったはずだ。
―――ドラマの続きがどうなったのかを、思い出せ!
―――次は、どうすればいいんだ?
―――そうだよ!
―――家につれて行くんだ。
―――その後どうなるかは、その時に考えればいいんだ!
―――野乃香は、俺と離れたくないんだ! 絶対そうだ。
「家に来る?」
「……これから……」
―――あれ、そうじゃなかったのかな。
―――即答しないぞ。
俺は優しく背中を撫でる。野乃香はじっとしている。
―――やっぱり、離れたくないようだ。
「家においでよ」
「……でも、悪いから。それに時間も遅いし」
「そうだね。もう帰る時間かな」
俺は時計を見るそぶりをする。まだ野乃香は、俺の胸に顔をくっつけている。小動物に甘えられているような気分だ。再び髪の毛を撫でた。
「帰りたくないんだけど……」
―――極めつけのセリフだ!
―――女子にこう言われたら、男としては黙って帰すことは許されない……はずだ。
「だけど……なに?」
「帰らなきゃいけないの。ああ、帰りたくないけど」
―――まったく、どっちなんだよ!
「わかったよ。野乃香の気持ちは。でも時間も遅いから……」
「うん、そうなの。御免ね」
じゃあ、又ね。ということになった。当たり前の事だが、俺たちはそこから各自家に帰った。
ところがその次の週、野乃香はある提案をしてきた。下を向いて、じっと考え込んでから、意を決していった。
「来夢と行きたいところがあるの」
「どこ?」
まさか、ホテルだなんて言わないだろうな。こんな可愛い顔をして、自分から言うかな。
「笑わないでね」
「笑わないから、いって」
「港の方」
「ああ……、桜木町の方ね」
なんだ、そんなところか。学校からだって、それほど遠くはないし、家からもそんなに離れた場所じゃない。行こうと思えば、いつでも行ける場所だ。それだからこそ、行こうと思わなければなかなかいかない場所だった。
これはデートの誘いなのか。週末は暇だし、付き合うのも悪くないかもしれない。
「どうかな」
「いいよ。今週末に行ってみよう」
「わあっ、やったっ! じゃあ駅で待ってま~す」
嬉しそうだな。相当行きたかったようだ。俺は彼女の夢をかなえてあげる、王子様みたいなもんなのかな。まあそれも悪くないか。ということで、来週末はデートすることになった。
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