第16話 砦の内側

 リヴァウェイで一泊したエバンらは、ようやくシリウス砦へ出発した。‬

 相変わらず道中には魔物がうろついている。いつかの赤い目の魔物とは違い、統率の取れた集団はいない。

 今では六名となったエバンらに苦はなかった。


 ‪「吠えろ、呈黒天」‬


 ‪カイトスは目の前に躍り出てきた魔物を一閃で始末した。‬


 ‪「……あんたは神器に捨てられなかったんだな」‬

 ‪「……?」‬


 ‪父が持っていたはずの蒼い槍を担いだゼノがカイトスを見上げる。‬


 ‪「それは……ハンクの槍か。エバンと同じように選ばれたんだな」‬

 ‪「シリウスに操られてから親父には反応しなくなったんだよ。……シリウスのせいで」‬


 ‪沈黙したゼノに、カイトスは珍しく言葉を繋いだ。‬


 ‪「いや、もしかしたらたまたまおまえが神器を持つのに相応しくなった時に、こんな事が起きたのかもしれん」‬


 ‪淡々と言われて、ゼノは口の中でぶつぶつと何か呟く事しかできなかった。‬


 ‪「そろそろ見えてくるよ。兵士に気づかれないように行こう」‬


 ‪やや声をひそめてロイルが呼びかけた。

 ‪林の影に隠れながら様子をうかがうと、目前に堅固な砦の壁が立ちはだかっていた。‬

 ‪しばらくその場にとどまっていると、木の上から微かな物音が聞こえた。‬

 ‪誰もが身構える中、木の上にいる人物は話しかけてきた。‬


 ‪「ようやく辿り着いたか」‬


 ‪声の主は静かに降りてきた。全身黒衣の青年──ロイルの兄フリックだった。‬


 ‪「兄さん!……様子を見てたのかい?」‬

 ‪「あぁ。私の仲間が中で待機している。シリウス兵になりすましているから、捕虜にでもなって入り込む事ができる」‬

 ‪「本当に……!」‬


 ‪フリックは弟の顔を見て、しっかりと頷いた。

 ‬

 ‪「みんな、準備はいいかな?」‬

 ‪「あぁ」‬

 ‪「はい」‬

 ‪「もちろんだ!」‬

 ‪「今さら戻る用もないだろ?」‬


 ‪仲間たちは口々にロイルに答えた。カイトスはただ静かに頷く。‬


 ‪「行こう、シリウスへ」‬


 ‪決意を秘めた瞳で、エバンは目前に見える砦を見つめた。‬




 *




 ‪エバンは薄暗い地下の廊下を歩いていた。‬

 ‪頼りになるものは、手前を歩く兵士が持つ明かりと、所々に設置されている蝋燭だけだ。‬

 ‪フリックとは砦の外壁で別れている。先導している兵士はそのフリックの仲間だ。一行は捕虜のふりをして砦内に入り込んだのであった。

 ‬

 ‪「ここにシリウスの女神が隠されてるのか…」‬


 ‪暗がりがエバンの囁きを吸い込むようだ。‬

 ‪不安になったのか、リンディは少しだけエバンとの距離を詰めた。‬


 ‪「シリウスの偽女神の前には見張りの兵士がいる。それを何とかすれば入れるだろう」‬


 ‪兵士に扮したフリックの仲間の隣を歩くカイトスが言う。‬

 ‪最後尾にはロイルとレウナが続いている。‬

 ‬

 ‪「それより偽女神まで無事に着けるかが問題だろ」‬


 ‪二人の手前を行くゼノが振り向いて言った。

 ‬

 ‪「この辺りは兵士も滅多に入らない。不審な動きをしなければ大丈夫だろう」‬

「へぇ〜」


 やがて一行は見張りの兵士がいる扉の側へたどり着いた。厳重に警備されてるかと思いきや、人数は二人と少ない。


「ここは私に任せてください」

「そうだな。リンディの力なら人を傷つける事もない」


 エバンの笑顔に背中を押され、リンディは胸元のブローチを白い杖へと変化させる。


「みんなは目を瞑っていて。──照らせ、白凛。ライトオーバー」


 静かな詠唱のあと、地下に真っ白な光が満ち渡る。

 光をまともに食らった二人の兵士は呻き声をもらし、その場に崩れ落ちた。


「行くぞ」

「あぁ」


 カイトスに頷き返し、金聖の柄をしっかと握りしめる。

 この部屋にシリウスの偽女神がいる。ついにエバンとレグスルの力を発揮する時が来たのだ。


「大丈夫。エバンならきっとできるわ」

「ありがとう」


 緊張で強張った肩を、幼なじみの手が優しく触れた。

 そんな二人を確認したカイトスが扉に手をかける。そしてその中には──


「……え?」


 何も、なかった。

 単なる倉庫として使われていたのか、何かが置いてあった痕跡はあるが、部屋の中はがらんどうだった。


「ばかな!確かにこの部屋だったはずだ!」

「見張りもいたよな」


 珍しくカイトスが驚愕の声を上げる。

 ゼノは廊下に転がっている兵士たちを見やった。


「どういう事なんだ。偽女神は存在しているはず。……まさか、移動させた?」

「可能かはわかりませんが、それしか考えられません。しかし……私どもでも気づかないとは。不覚」


 兵士に扮したフリックの仲間も、予想外の事態に頭を抱えた。


「おやおや、困りましたねぇ。こんなところに兵士でもない者が大人数で……」


 突然背後からかけられた声に全員が振り返る。

 数人の兵士に囲まれて廊下に立っていたのは白髪の老人だ。白衣を着たその背中は曲がっている。

 大きな丸い眼鏡に細い瞳。細身の体は今にも折れそうなほど頼りない。


「おまえは……ボイド!」

「名乗った覚えはないのですが。……おや?あなたもしかしてグレイ、ですね?顔を見るのも久しい。残念。どうやらカギを開けてしまったようだ」

「黙れ!」


 カイトスが老人に向かって声を張り上げる。

 不気味な笑みをたやさないこの男こそ、偽女神を作り出した人物──ボイド博士その人だった。


 詰め寄るカイトスにボイドの周りにいた兵士たちが剣を向ける。全部で四人。これだと一人に斬りかかった瞬間、三人に集中攻撃されてしまう。

 エバンらは部屋の中にいるため、抵抗する事もできない。


「偽女神をどこへやった!俺が見た時はこの部屋にあったはずだ」

「もっと有効的に使える場所へ移動させましたよ。こちらは万が一の時に囮として兵士を配置させていましたが……まさか本当にネズミがかかるとは」


 そう言ってボイドはカイトスの後ろにいる兵士──フリックの仲間を見上げる。


「王の隠密部隊が動いているという噂は本当だったようだ」


 それからぐるりと部屋の中に視線をめぐらせ、にたりと笑った。


「さて、どうしてくれましょうか。ひとまず全員武器を部屋へ置いて出てきてくれますか?」


 この場は従うしかないようだ。

 エバンはリンディと顔を見合わせ、自身の武器を床に置いた。仲間も渋々それにならう。

 両手を上げながら部屋を一人ずつ出ると、兵士に剣を突きつけられる。

 そうして廊下へ一列に並ばされた時だった。床に伏していた兵士が呻いた。

 それにボイドたちの目線が奪われる瞬間、エバンは叫んでいた。


「リンディ!」

「照らせ白凛!ライトオーバー!」


 真っ白な光が再び廊下を埋め尽くす。

 剣を向けていた兵士たちは崩れ落ち、ボイドは一時的に視力を奪われる。

 それを見逃さず、すかさずカイトスがボイドの背後を取り、首を左腕で押さえつけた。武器を突きつけなくとも、力の弱い老人は身動きが取れなくなってしまう。


「白凛をブローチに戻していたから武器だと気付かれなくて助かったわ」


 廊下に倒れている兵士たちを見渡し、リンディは、ほっとため息をついた。先に光を浴びた見張りの兵士二人は、状況が理解できず、きょろきょろしている。


「あ、あなたは!その神器は!ルマイトのリンディ・ラミラか!!」

「……!」


 カイトスに押さえられながらボイドは爛々と目を輝かせた。


「何という幸運……!自ら飛び込んでくるとは!これで司令官も計画が進められるというもの!」

「計画!?何の話だ!」


 にたにたとした笑みを貼り付けたままのボイドに、たまらずエバンは詰め寄った。


「もちろん、この国をさらに強く、大きくする計画ですよ。……まぁ、好きに実験ができるのなら私にはどうでもいい事ですがね」

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