民家とビルの混在する夜の街に赤色灯が輝いていた。車道の片側を塞ぐように数台のパトカーが止まり、何事かと家から身を乗り出す者もいた。等間隔に反射板の付いたポールが建ち、ポール間に照射された光がKEEPOUTという文字を作る。バリケートとなったその間を足早に警察が通り過ぎた。現場と思われるビルを含む歩道も塞がれた。警官が忙しなく動き、集まって来たやじ馬がバリケート越しに覗き見ようと背を伸ばす。しかし、いくら頑張った所で真相を見る事は出来ないだろう。現場は狭い路地を抜けたビルの裏手だからだ。

 短い髪を撫でつけた刑事がビルから出て来ると、パトカー脇に立っていた警官に指示を送った。警官はパトカーに備え付けられたモニタへ手を掛ける。その横を男が通り過ぎた。

 男はそのままバリケートを気にせず入ろうとしたところを警官に止められ、うんざりした表情を浮かべながら胸ポケットから警察手帳を取り出す。改まる警官を見ずに手帳を戻すと刑事に近づいて行った。


「こちらに来ていて良いんですか、司馬さん」


 声を掛けられた刑事は顔を上げると、厳しかった表情を少し和らげた。


「ああ、須藤君か。君こそ、が気になっているんじゃないのか」

「今日は研修も兼ねてまして」


 その言葉に司馬は須藤の後ろを見るが、研修を受けているような者は誰も見当たらない。須藤もそれに気が付いたのか頭を掻いた。


「すいません、遅れました」


 声と共にやじ馬の中から現れた女性がバリケートを越えようとして案の定、警官に止められる。女性は手帳を出そうとしてるのか慌ててポケットを探った。


「通してくれ、私の連れだ」


 そう須藤に言われた警官は須藤ではなく司馬を見ていた。司馬は通してやれと合図を送った。女性は警官にお辞儀をすると須藤の元に駆け寄ってきた。


「彼女が研修生という訳か。それで……」

「役に立たなければ、次会う時には違う顔になっているでしょう」


 司馬の言葉尻を読み、冷酷とも取れる言葉を須藤は吐いた。それほどこの職業は危険だと須藤は身を持って知っているのだ。そんな二人の会話も知らずに女性は二人の元に来ると、緊張した笑みを見せた。


「特殊二課へ配属になりました。水瀬みなせ ゆいです。よろしくお願いします」

「初々しいな。それじゃあ、念のために電話番号も聞いておこうか」

「番号ですか……」

「司馬さん!」


 語気を強めた須藤に司馬はにやりと笑ってみせる。須藤はどうしたら良いのか戸惑っている水瀬に短くため息をつくと、細い路地へ目を向けた。


「それで、はその先ですか」

「ああ、奥にある。後の処理は任せよう」


 司馬はそう言い道を開けるように身を移す。須藤はそのまま奥へと進んで行った。軽く会釈をしつつ水瀬も司馬の前を通り須藤を追いかける。それを目で追いかけていた司馬は警官に声を掛けられ、緩んでいた表情を引き締めた。


 裏路地は灯りがなければ歩けない程暗く、ごみ袋が山と積まれた場所からは異臭が漂っていた。ここに入って来るのはゴミ収集車くらいだろう。ライトはゴミの山の横にあるものを照らしていた。

 黒く焦げたような跡の残るそれは人の形をしていた。酔っ払いが壁に寄り掛かったかのよな形で皮だけが張り付いているのだ。中にあったものは綺麗にくり貫かれ,皮の内側は幾重にも重なった蚯蚓腫みみずばれのように線を引く。皮は胸から股間まで大きく裂け、破れた皮が外側へ垂れ下がっていた。これがと呼んでいたものだった。

 それを見下ろしていた須藤の横へ来ると水瀬は息を飲んだ。水瀬も写真や映像で何度も見て来ていたが、実物を見るのは初めてだった。幾度見てもそれは慣れるものではない。しかし、この仕事を続けていくには耐えるしかなかった。思わず口元へ手をやる水瀬を背に、須藤は抜け殻の前にしゃがみこんだ。


「発見は23時だったか」


 須藤の問い掛けに水瀬は慌てて左の掌を広げた。掌上に小さな画面が広がり、第一発見者の画像、経歴とは別に発見時の時間や状況も流れる。発見されたのは今から30分ほど前の23時七分。店主がゴミを捨てるときに発見したようだ。水瀬はそれらの状況を整理しながら須藤へ伝えた。


「この暗さでよく気が付いたな」

「私たちの後ろが店の裏口でして、扉を開ければ店の灯りで見える位置にちょうどあったみたいです」

「ちょうどね……見つかりたかったのか、たまたまか」


 須藤は暗闇の中でもはっきり見えているかのように上空を見上げた。水瀬も釣られて上を向いたが、何も見えずに須藤へ顔を戻す。


「上の階も使われているんだろ」

「倉庫としか使われてないようで、ここにゴミを捨てる人は他にいなかったようです。店の主人は昨日が定休日で一昨日の23時ごろにゴミを出してからは誰も来ていないと」

「このゴミの量だと回収業者も来ていないか」

「回収日が月・木なので回収は明日です。月曜の回収時も変わったようなことはなかったと」

「それで、4時間前に暴れたCrawlerクロウラーとの照合は取れたのか」

「まだ取れていませんが、事件があったのはここから5キロも離れていません。ほぼ間違いはないと聞いています」

「結果が出るより抜け殻を持ち帰る方が先になりそうだ」


 須藤はそう言いながら立ち上がると、腕時計に目を落とした。

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God's destination 空閑漆 @urushi1

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