第35話 ファミレスでの攻防

 ファミレスの窓に目を向けると外は暗かった。店内の時計は7時を回っていて、夏とはいえ陽は沈み夜の風景が広がっている。


 加奈を家まで送っているときはまだ明るかったんだけどな。それに、ここに来たときもさ。


 俺は店内のドリンクバーでそんなことを思いながら、3の飲み物をつぐ。加奈と俺と、あいつの分だ。


『あんたは、うちらの飲み物とってきて』


 、偉そうに……。まだ怒ってる感じがムカつく……。でもここは、グッと堪えんとな……。まあ……、あいつには、やっぱ悪いことしたなぁ、と思うし。その……、抱き付いてしまったから。


 頬が急に熱く感じた。冷静になったのが逆にあだとなった。て、てかっ、お、おお、落ち着け、俺!! まさか女子とは思わなかったんだよっ! 俺と加奈を付け回してた不審者がさ!! しかも俺らに見つかって逃げようとするから!! だから俺は咄嗟に―――、ん? おわっ!? ととっ!?


 あやうく飲み物を入れ過ぎてこぼれそうになった。あぶね……、ひとつだけ入れ過ぎた……。はぁ~……、俺は何やってんだか……。


 少し減らそうとしたが、ふと思いとどまった。これは……、あいつの分だし、このままで良いか。ちょっと仕返しの意味もこめて、あいつの前に差し出そう。


 3人分の飲み物をトレイに載せて移動する。そういや席をどこに取ったか確認してなかったな……。えっと2人ともどこだろ?


 夏休みであるからか、どの席も客で埋まっていた。家族連れや学生らのグループと、活気ある話し声で店内は満ちている。なんでこんなとこにいるのか。それは、


『あんた……、ちょっと顔かし……、問い詰めるから……』


 あいつが殺気立った目で俺にそう言ってきたのだ。


 一旦あいつは、飼い犬のココアを自宅に連れて帰ってから、また俺らと合流。加奈の自宅から歩いて近いファミレスで仕切り直すこととなった。


 聞き慣れない関西弁のせいか変に凄みがあって、全身が恐怖で震えたよ……。顔かし、って女子がいうセリフじゃないだろ……、てか最後の問い詰めるってなに? 怖すぎる……。


「ねぇねぇ、加奈っち〜♪ なぁに頼むん?」


 ふいに聞こえた親しげで楽しそうな女子の声に、思わず体がビクついた。こ、この声!? あ、あいつの声だ! 俺のときはすごく刺々しかったのに、今はすごく可愛げのある声音だった。その違いがすごく恐い。

 恐る恐る声のした方へ目を向ける。目線のすぐ先、ボックス席に女子が2人いた。あぁ、もうそばまで来てたのか。そして俺のよく知る愛らしい声が応えた。


「う〜ん、外暑かったから、冷たいパスタ系にしようかなぁ」

「あっ、それ良い! うん、うん、うちもそうしよっ~♪」


 ボックス席で隣り同士、仲良くメニューを見ている彼女たち。加奈と、その友達である、あいつ、そう由紀ゆきという子だ。不審者の正体でもある。まさか加奈の友達だったとはなあ……。


「チーズとハム、海鮮系……、あっ、シンプルなトマトバジルも良いなぁ〜。あかん迷う……」

「ふふっ、ねぇねぇ、シェアしたら良いんじゃない?」

「あっ、それ良い! うん! そうしよっ」 


 ……、入りづらい。


 和気あいあいとしゃべっている女子2人の輪に入るのは緊張した。そういう経験がないからな……。

 彼女たちのいるボックス席付近で立ちすくんでいると、由紀がこっちに気づいた。くりっとした瞳が急に吊り上がった。いきなり睨むなっての。


「遅いッ。飲みもん取りにいくのにどんだけ時間かかってんねん」


 こいつ……、心優しい俺が文句も言わず持ってきてやったっていうのに。


「まずは『ありがとう』じゃないのか、そこは」


 俺の正論に、友紀は目を細め冷笑を浮かべた。


「はんっ、そんなんええから、はよ加奈っちとうちに飲みもん渡してくれる?」


「ぐぐっ……」


 こ、こいつ! 好き勝手言いやがって! だが、こいつには負い目があるから反抗しにくい。


「ふぅ~……、たく……」


 不満混じりのため息を小さくつきながら、彼女らの対面の席に座る。とりあえず、2人に飲み物を渡さなきゃ何も始まらない。


「あ、あははっ……、えっと、ありがとね、太一くん」


 加奈の柔らかな声音が俺の鼓膜をくすぐる。目線を向けると、少し硬い表情ながらも俺のことを気遣うように見つめていた。その優しさが心に染みる。まったく、加奈が居なかったらここには絶対座りたくなかったな。


「あぁ、どういたしまして」


 小さな声で応えると、加奈の淡い口元がわずかに笑んだのが分かった。そんな些細なことが今は嬉しい。


「あっ! なんでうちのだけこんな満杯に入れてんねん! 飲みにくいし! こらヘンタイ!!」


 おい、俺の癒しを邪魔すんな。てか、ヘンタイって呼ぶな。


「お前だけ特別だよ。俺の誠意を示した」

「はあっ!? ウソつけ! 絶対イヤがらやろ!」

「んなわけ。ほら、念のためストローも持ってきてあげたんだ。うわ、やば、俺優しすぎる、超良い奴だな」

「ふ〜ん……、…………、フッ!!」

「いてっ!? なにストローの紙袋飛ばしてきてんだ!? 俺の目元近くに当たったぞコラ!」

「はんっ、私なりのお礼や」

「これのどこをどう見たらお礼と見えるんですかねぇ!?」


 ガルルルルッ!!


 いがみ合う俺たちに、加奈が割って入る。


「ちょっ、ちょっと2人とも落ち着いて! ね、ねぇ、喉乾いたなあ〜!! ほ、ほら。乾杯しよ!」

「……、加奈っち、うち持てへん……、くすん」

「え、えっと!? じゃ、じゃあ、乾杯って掛け声だけにしますっ!!」


 ヤバいほど加奈がテンパっていた。ちょっと申し訳ない、でも、見てて面白い。


 3人とも、目元はあっちへこっちへ、落ち着きなく様子をうかがっていた。はたから見たらすごく変だろうな、俺達。


「えっと……、い、いきますね。せ、せーの、か、かんぱい」


 遠慮がちな声とともに、俺らはほぼ同時に飲み物に口をつけた。


 喉を通るアイスティーがとても心地いい。はあ~、やっとホッとした気がした。

 目線の先では、加奈と友紀が小さな声音で楽し気に会話を交わしている。「おいしいね」とか、「そうやなぁ」と、とても平和で穏やか。


 はぁ~、このまま平穏な空気で過ごしたいが、そうもいかないんだろうな。


『問い詰めるから』


 喉を通るアイスティーに、思わず身震いした。嫌に喉元がウズウズする。

 俺は、由紀に何を聞かれるんだろうか……。 せっかく今はまだ平穏な空気が流れているってのに。俺の心身は穏やかではない。


「じゃあ、うちはこれでぇ、加奈っちはこっちで良い?」

「うんっ。じゃあ、あとは太一くんの」


 俺は咄嗟にテーブルの呼び出しボタンを押した。


「えっ? 太一くん、もう決めたの?」


 いや、決めていない。


「俺はなんでも良いからさ、2人でもう一つ好きなの選んで。そしたらさ、それもシェアできるだろ。そのあと俺食べるし」

「えっ!? そ、それは、悪い気がする……」

「良いって。ほら、店員が来ちゃうぞ」

「ええやん、加奈っち。こいつがそう言うんやし。はい、メニュー」


 加奈が慌ててメニューに目を落としたとき、由紀が俺に目を向けた。


「ふん、一応……、おおきに」

「はは、どうも」


 彼女たちがまた楽しげに会話しだした。


 由紀に対してこの媚び売りが功をせいしてくれたら良いんだけど……。でも由紀の冷たい微笑を見ると、バレバレって感じだなあ、はあ〜……。


 3人で楽しくご飯食べて終わることを必に願いつつ、おれはこの束の間の平穏を噛み締めていた。



 

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