第25話 2ショットからの、3ショット

 改札を出ると、見慣れない住宅地が立ち並んでいた。10階建て以上はある真新しいマンションが目につく。コンビニや大型のスーパーもあった。

 

 おぉっ、結構栄えてる感じだ……。


 普段電車に乗っても、降りることなんてない駅。たった3駅しか離れてないのに、見知らぬ地に足を踏み入れる、という意識が働いているのか、緊張する。……いや、この緊迫感はきっと、別の要因だ。

 

「太一くん」

「つっ!? お、おう……!」


 隣にいた加奈の声に思わずびくついた。いやいや、何を焦る。落ち着け。


 加奈にゆっくりと顔を向けた。少し俯き気味で、表情は分かりづらい。


「あ、あっち」


 控えめな声と一緒に指を差した先には、整備された遊歩道があった。等間隔に街灯も設置されていて、オレンジ色の光が道標のようにつづいる。


 あの道が、加奈の自宅へと続いてるんだな……。


 喉元が思わずなり、足元が重く感じられる。でも、立ち止まっている場合じゃない。ここに来た目的を果たさないとな。


「いっ……、行くか」

「う、うん」


 俺の詰まった声を合図に、ゆったりと歩き出した。


 夏とはいえ、午後6時半をまわると、夕焼け空の薄暗さが増していた。でも、遊歩道のオレンジ色の街灯が明るくて、暗さは気にならない。むしろ青々とした街路樹の葉に反射して、周囲は昼のような明るさにも思えるくらいだ。だからなのか、セミの鳴き声がうるさいくらいこだましている。


「「…………」」


 それに対して、俺らは無言。俺と加奈の周囲だけ変な静けさが交じっている。き、気まず……。こ、このままじゃいけないよな。


 横にいる加奈にちらりと視線を向ける。


 やや下を俯いたまま、どこか両肩に力が入っていて、緊張している感じだ。


 ……、まだ、き、気にしているのだろうか?


『私も、手を握られてね』


 脳裏に、加奈の言葉がよぎる。


 商店街を歩いてたとき、加奈が懐かしそうに口にした、小学生のころの話。俺と加奈は『まさやんの本屋さん』で一緒に遅くまでよく遊んでいて。そのことは、俺も覚えていた。でもそっからだ、その後は慌てて一緒に帰ってたという……。俺が、加奈の手を引きながら……。

 

 頬が熱くなる。


 お、俺、ほんとにそんなことしてたのか……!? 記憶にないんだよな……。加奈と楽しく遊んでいた思い出はちゃんとあるのに。でも手を繋いでいた記憶はなくて。でも加奈は覚えていて。そのとき何を思っていたのかというと―――、


『すごく嬉しかったなぁ〜』


 ……、つっ。


 頬の熱が増した。


 な…、何恥ずかしがってんだ!? しょ、小学生のころの話だろ!? 加奈は、あのときの素直な気持ちを伝えてくれただけ! ただそれだけのことだ!!


 そう思うも、『加奈を家まで送る』今の状況が、思い出話と重なる。ひとつだけの違いを残して。

 

『手を繋ぐ』


 つっ!


 思わず、加奈の手に視線がいってしまった。


 白くてキレイな手。でもそれだけじゃない、なめらかで、柔らかくて、ほんのり温かい手……。


 な、何考えてんだ!? 手、手なんてに、握るわけないだろ!? もう俺らは高校生! しょ、小学生のときとは訳が違う!! だ、だから、もう加奈の手を握ったりなんかしない! その、店に不審者が来たときは、バックヤードに逃げるため、思わず掴んでしまったけど。そ、それが最後だ!! もう絶対に加奈の手には、触れな―――、


「太一くん」

「いいいっ!?」


 な、なんだ!? 

 

 加奈を思わず凝視する。すると、ビクッと小さな両肩を跳ねて不安げな表情。し、しまった!? おどかしてどうする!!


「す、すまん! ど、どうかした?」

「あっ、ううん! えっ、えっとね……、あ、あそこ」


 そう言って細身の指で示した先には、キレイなマンションがあった。ベージュを基調とした、シンプルながらもオシャレな高層マンション。


 もしかして、あそこに加奈の住んでる部屋があるのか。


 俺が目線で問うと、「うん」と小さく答えてくれた。


 は、はや……。まじか、もう家に着いてしまうのか……。俺が変なこと考えてたせいで、全然会話もせず、黙々と歩くだけになってしまった……。い、いや! まだ少し距離はある! と言っても歩いてあと2、3分くらいしかない。


 「「…………」」


 ど、どうする! 会話! 何かないか! 不審者の話とか? いや、ダメだ! 最後に不安にさせてどうする!? じゃあどうする!? 

 頭を悩ませてる間にも、目的地にどんどん近づく。

 あぁ〜、もう! このままはちょっと嫌というか!? 加奈を家まで送る目的は果たせるんだけど! 加奈と……、しゃべりたい。


 ピコン!!


「おわっ!?」


 突然の着信音に驚いてしまった。だ、誰だこんなときに!?

 思わずスマホをポケットから取り出してしまった。画面にはメール着の知らせ。


「んんっ? まさやん?」

 

 たくっ、なんだよ、こんなときに。


 苛立ちに背中を押されて、メールを開いた。


『お疲れさん太一〜。もう、バイト終わってるころだよな。うぅ……、なのに、写メが送られてないよ!? 毎日最低1枚は写メ送るって約束したよね!? 契約書に書いてあったよね!?』 


 う、うざっ!! 見なきゃよかった!! たく! 今はそれどころじゃないってのに!!


 でももう遅い。そして最後にこう書いてあった。


 『なので、加奈ちゃんと一緒の写メ送ってくれよな、待ってるヤーサイ! 』


 なっ!? はあっ!? 


 突然の司令に目が見開く。な、なんで加奈と!? あと何がヤーサイだッ!! 沖縄旅行でうかれたんじゃねぇッ!


「写メとるの?」

「のわっ!?」 


 不思議そうな加奈の声にびっくりした。俺のスマホをいつの間にやら覗いていた。あと一歩詰めたら、加奈に触れてしまいそうだ。

 加奈がハッとしたように顔をこっちに向けた。丸くて愛らしい瞳に、形のいい小鼻。ツヤのある薄紅色の口元が、白い素肌に映えて、キレイ。って、な、なななななに観察してんだ俺は!? いや、てかち、近い!! 


 加奈もそれに気づいたのか、慌てて2、3歩後ろに下がった。


「ご、ごめん!? そ、その、勝手に見ちゃって!」

「えっ!? あ、あぁ! 良いって、気にしなくても! メール、ま、まさやんだからさ」


 見られても全然OK。お互いに良く知ってるおっさんだからな。


 俺は加奈に、スマホの画面を近づける。加奈のこわばっていた顔が緩んだ。


「ふふっ……、待ってるヤーサイ、だって」

「あははっ、だな、ほんと、沖縄旅行に浮かれすぎ」


 俺がそう言うと、加奈が可笑しそうに微笑んだ。なんだか、急に空気が軽くなった気がした。まさやんのおかげ、とは思いたくないけど。

 だが、すぐに加奈は緊張して面持ちになり、そのまま口を開いた。


「ね、ねぇ、太一くん」

「ん?」

「あっ、えっと、その……、写メど、どうしよっか?」

「えっ……? あっ」


 俺の鼓動が早くなる。し、しまった! 写メを撮れと、書いてあったんだった!? か、加奈と一緒にって!? 


「そ、そうだなぁ……」


 どうする? 撮らなきゃ、ダメなのか……? 別にいいような気もする。いやでも、バイトの契約書でそう書いてあったし……、後からまさやんにネチネチ言われるのも嫌だから……。そ、それに、もう加奈にも見せてしまったし……。もう……、しょうがないよな。


「と……、撮っても良いか?」


 加奈は、少しの間の後、遠慮気味に答えた。


「う、うん」


 加奈が小さく頷く。


「そ、そっか。あ、あり、がとな」


 よ、よし。俺は小さく息を整えて、自分のスマホのカメラを向ける。2人が写るように。

 互いに距離感がまだある。左右で、少し俺らの顔が見切れそう。

 すると、加奈が俺の近くに、寄り始めた。スマホの画面から、目が離せない。


「も、もうちょっと……?」

「へっ!? お、おう、だな……」


 そう答えると、加奈が、スマホの画面中央にさらに近づいてくる。鼓動が大きくなる。なんだこのリアルタイム感!? めっちゃ緊張するんだが!? 


 カメラレンズの位置を微調整するのが精いっぱいだった。


「こ、これで、良いかも……」

 

 加奈の言う通り、俺らはスマホ画面の中央に、なんだか寄り添うような形で収まっていた。これなら、ちゃんと撮れる。

 は、早く撮ろう! 恥ずかしくて手が震えそうだ。手ブレ補正でも抑えきれなくなる。


 パシャ。


 表情はなんだか固い、お互いに。でも、なぜだろう、お互いに、口元が少し微笑んでるように見えるのは。


「あっ、良かった。いい感じだねっ」

「あぁ、だなっ」


 俺らは互いに寄り合って。オレンジの街灯の光や、それに照らされて煌く青々とした街路樹が風景として、なんだか華やかに俺らの周囲を飾り立てていた。

 なんかこの2ショットの写メ……、デート……、いやいや! んなことはない! 全然そんな風には見えない!! て、てかは、早く送ろう!!

 

 写メをまさやんに添付して送った。そして、すぐに返信がきた。『ありがとさん、2人とも』だって。なんか冷やかされると思ったが、ちょっと拍子抜けだ。い、いやいや! こ、これで良いんだよ。


「あ、ありがとな、加奈」

「う、ううん、どういたしまして」


 俺らはまた無口になる。でも、どこか力の抜けた感じで。悪くない空気感だ。すると、加奈がどこかそわそわした様子で口を開いた。


「ねぇ、太一くん」

「ん?」

「えっと……、今日はありがと」


 頬がなんだか赤く見えるのは俺の気のせいか。て、照れてる? いや、そんなわけ……、て、ていうか、ありがとって?


「お、送ってくれて」


 あっ……、そ、そっか。お礼なんていいのにな。


「お、おう。どういたしまして」

「う、うん。…………、じゃ、じゃあ、私、いくね」


 加奈は小さく微笑むと、小さく手を振ってから、前を歩いていく。その先には、見栄えの良いマンション。

 俺は、立ち止まったまま、加奈の背を見ていた。なにか、そわそわする。気の利いた言葉を口にしたかった。でも、何が良いのか。

 そうこうしているうちに、ガラス戸のオートロックを開ける加奈。

 

 もう、声をかけるチャンスはここしかない。


「か、加奈!!」


 俺の大きな声に加奈が振り向いた。目を丸くしながら、次の言葉を待っている。


 たいした言葉は浮かばなかった。だから、ありきたりのことを、力いっぱい、加奈に伝えた。


「ま、また明日!」


 加奈はそれを聞いて立ち尽くしていて。


 あっ、しまった!? わざわざ引き止めて言うことじゃないよな!?


 でも、そんなことはなかった。だって、加奈が嬉しそうに大きく返事してくれたから。


「うんっ! また明日!」


 元気に手を振りながら。俺も気づいたら手を振っていた。


 マンションのガラス戸が開いた。加奈は明るい様子で、中へ。

 そのまま、奥へと進んで、見えなくなった。


「……、ふぅ〜」


  あはは、疲れたなぁ。仕事より疲れたかも。でも、無事に送れて良かった。


  手に持ったままのスマホをまた見た。画面にはさっきとった写メがそのまま。

  俺と加奈の、2ショット。

  は、恥ずい……。まさか写メなんて撮ると思ってなかったからな。…………、ん? 

 俺らが映ってる後ろの方、街路樹の端に何か、いる? ま、まさか……。


 嫌な予感がした。恐る恐る、気になるところを拡大した。なっ!? 


 額からブワッと汗がにじむ。だっ、だって、街路樹の陰から、顔が覗いていた。そう、黒いサングラスをかけた不審者が!


「ま、まじかよっ……!?」


 思わず後ろを振り返る。でも、誰もいない。


 せっかく、いい気分で帰れると思ったのに……!

 

 この後俺は、一抹の不安を抱えながら、あたりを注意深く見回りながら帰っていった。



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