第23話 決意
鼻をくすぐる甘いお菓子のような香りとともに、茶色の紙袋から取り出されたのは、
「それって……、スイートポテト?」
「う、うん!」
加奈の手のひらに、形の良いスイートポテトがのっかっていた 。サツマイモの良い香りがする。すごく美味しそうだ。それを、そっとレジカウンターに置いた。
「ふ、風香お姉ちゃんにね、一緒に作ろって言われて……」
話しによると、風香姉の喫茶店で昼飯を食べたあと、突然言われたそうだ。それで戻ってくるのが遅かったのか。理由を知ることができて少しほっとした。でもそれもつかの間。じわじわと焦りのようなものにじんでくる。だってさ、スイートポテトを作ったってことは……。
「えっ、えっと! 太一くん好きなんだよね」
加奈が声を張り気味に言う。そう、風香姉が作る理由のひとつが、俺が好きなものということだ。風香姉が暇で、気まぐれに作ってくれる。でも今回はそうじゃない。あとひとつ、違う理由もある。それは……、俺のご機嫌取りだ。風花姉に対して俺がイライラしているとき、お詫びとして作ってくれる。そのスイートポテトに、俺はいつも不満に思う。好きな食べ物で釣るなよ、と。でも食べたら許してしまう自分がいるわけで。いや、だって美味しいんだよな……。じゃなくて、こほん。風香姉とはこういうのを度々繰り返している。
今、お詫びとして思い当たるのは……、昼休憩のとき、俺だけ風香姉の喫茶店で昼飯を食わず出ていったからだろう。風香姉のちょっとしたことが原因で。俺に無理やり、加奈のこと『可愛い』と言わせようとしてさ。
「こっちがね、風香お姉ちゃんが作ったもので、それで、こっちが、わ、私」
加奈がまた袋に手を入れる。あともう1個、スイートポテトが出てきた。色形はほぼ同じ。それをレジカウンターにのせていく。合計2個。
「あのね、あ、味見とかしてなくて……」
『大丈夫!大丈夫! 私がよく作る物だから! 美味しさは保証済み♡』
と、言われて一口も食べていないらしい。たく……、まあでも、間違っちゃいないとは思う。
どのスイートポテトも色味の良い黄色に、綺麗なつや。そしてほんのりついた焦げ目。絶対に美味しい。
「ね、ねえ太一くん」
「はっ!? お、おう」
「ど、どっちにする?」
「えっ? ど、どっち?」
「う、うん……」
加奈が俯き気味に、どこかしおらしく言う。どっちって一体……? あっ、そ、そうか!? 風香姉と加奈の作ったもの、どっちが食べたいか聞いているのか。それって……、ど、どっちを選べばいいんだ!? こ、ここは普通に考えて加奈のを選ぶべきじゃ、いやいや普通ってなんだ、普通って!?
加奈がそわそわしながら俺を見つめてくる。
思わず喉が鳴る。ど、どっちを選ぶのが正解!?
「えっと……!? そ、そうだなっ……、そ、その……」
答えられずにいると、加奈が慌てて口を開いた。
「や、やっぱり風香お姉ちゃんのだよね……!」
「えっ!? か、加奈?」
「ほ、ほら! 見比べたら風香お姉ちゃんの方が美味しそうに見えるし!」
いやいや!? そんなことはない! どちらのスイートポテトも美味しそうなんだが。
「えっと私! じ、自分のにするねっ……!」
加奈が手を伸ばした。ま、待てって! 加奈!! 俺に選ばしてくれるんだろ!?
「あっ……!」
加奈の小さく驚く声が、俺の耳に届く。と同時に俺は、加奈のスイートポテトを手にしていた。な、なんか勢いで取ってしまった!? い、いや、これで良いのか!?
「た、太一くん?」
加奈が目を丸くしている。なにか良さげな言い訳…………、そ、そうだ!!
「風香姉の作ったのはさ! お、美味しいんだよ!」
「えっ!? えっと……、う、うん?」
不思議そうに小首を傾げる加奈。キョトンとした様子だが、俺は構わず続ける。
「ほんと、風香姉の作るスイートポテトは美味しい! だ、だから風香姉のを食べてもらいたいんだ……!」
それを聞いて、加奈が少し頷いた。
「そ、そっか……。あっ、で、でも良いの? そんなに美味しいなら、太一くんも風香お姉ちゃんの選びたいんじゃ――」
「いやいや! 大丈夫!! 俺は加奈の方が良い!!」
「へえっ!?」
加奈の両肩が小さくはねた。そして、なぜかそわそわしている。どうしたんだ?
「あっ!? いや!? あ、あのね! わ、私の方が良いって……!?」
「そりゃあ、加奈の作ったものが良い!」
「なっ!? わわっ……!?」
「ど、どうした?」
なんでそんな慌ててる?
「い、いやあの!? わ、私のが良いって……!?」
そこで言葉が途切れる。でも、『なんで?』と、すごく聞きたそうな顔だった。そんなの、単純だ。
「俺はさ、風香姉のはもう食べ慣れてるから!」
「へっ? た、食べ慣れてる?」
加奈の両肩の力が急に抜ける。しかも、きょとんとした顔付き。なんか、急に様子が変わったな……。ま、まあいいか。
俺はそのまま続ける。
「ああ。だから、まだ風香姉の作ったスイートポテトを食べたことがない加奈に、食べてほしい。食べなき損するというか……、もったいないというかさ。だから、俺は加奈ので良いんだ」
「…………、はぁ~……」
えっ? ため息?
「そういうことか~……」
「そういうこと?」
「うっ!? ううん!! な、なんでもない!! なんでもないからっ!」
「お、おう!?」
「じゃ、じゃあ、私は風香お姉ちゃんのねっ!!」
すごい気合いの入った声で言われた。は、迫力がすごい。頬とかも赤くして、そんな力まなくていいのに……。
「お。おう……。ど、どうぞ」
「う、うん」
加奈もスイートポテトに手を伸ばし、そっと取る。互いに持ったまま、向き合っていた。なんだこの緊張感。すごく食べづらい。
食べるタイミングを探っていると、加奈が小さな口を開いた。
「あっ、あのねっ! せ、せ~のっ、で、食べる?」
掛け声に合わせて一緒に食べる提案。俺は戸惑った。だって恥ずかしいだろ、高校生にもなってさ。でも、今はそうしないと互いに動けそうにない。
「そ、そうするか」
承諾した俺の返事に、加奈が小さく頷いてくれた。そして小さく、息を吸い込む仕草をする。ああ、これは来るな。
俺も小さく息を吸い込む。加奈の口元に目がいく。淡い桜色の唇が、そっと開いた。俺もそれに合わせて―――、
「「せ、せ~のっ……!」」
すぐにスイートポテトを口へ運ぶ。
あ~、甘い。すごく甘くて……、美味しい。
両頬がぞわぞわっと、心地よくしびれる。サツマイモの甘くて優しい味わいが口の中いっぱいに広がる。緊張気味だった俺の体をほぐしていく。鼻から抜けていく小さな息は、スイートポテトの甘い香りに染まって、より甘さを際立たせる。はあ~……、美味しい。
「んん~っ!!」
ふと嬉しそうな唸り声が聞こえた。目を向ける。加奈が両頬をふっくらと膨らましていた。丸い瞳は細められていて、スイートポテトの美味しさに酔いしれている感じだった。分るよ、加奈。俺も、同じだからさ。
「美味しいだろ?」
自然と出た俺の声に、加奈が反応する。細めていた目が一気に見開く。いつもの丸くて大きな瞳に早変わりした。キラキラと輝いている様な雰囲気をまといながら、嬉しそうに口を開いた。
「美味しい! すっっごく、美味しい!!」
「だよなっ」
俺は得意げに言う。そして、もう一口。あ~……、サツマイモのほっこりとした甘さがたまらない。
「私すごく好きかも!! はむっ、んん〜!!」
また一口頬張る加奈。目元を嬉しそうに細め、両頬は緩んでいる。なんか、俺が作ったんじゃないけど、すごく嬉しい。だからなのか、俺は静かに呟いてしまった。
「俺も好きだよ」
…………、ん? お、おいおい、お、俺今なんて言って、
「なに? 太一くん」
「は、はい!?」
加奈が小首をかしげる。細身の指先で軽く口元を拭いながら。スイートポテトに気を取られていたみたいだ。た、助かった! い、いやそう言うわけでもないか!? もう一度言わなきゃいけない感じだし。
頬がひくつく。
ち、違う! 俺が言った好きは、『スイートポテトが好き』という意味で!? き、気にすることじゃない! ちゃんと『スイートポテト』を主語にして強調すれば良い。
「えっと……す、すー……」
「す?」
「…………、すごいだろ風香姉。お菓子や理料が得意なんだ……」
やっぱ無理だった。べ、別にいいだろ、そんなの!? でもなんか変なモヤモヤが。あはは……。
変に打ちひしがれているなか、加奈が明るい表情をする。
「うんうん! そうだよねっ! 今日のお昼に食べた卵のサンドイッチもすっっごく美味しかったの!」
「ああ、厚焼き玉子をはさんだやつだよな」
「そうそう! もうふわ~としてて、ほんのり甘くてねっ!」
「ははっ、そうだよな。あれはさ、何個でも食べれる」
「あははっ! うん、わかるそれ! あ〜、明日も食べたい……。でも……」
「どうした?」
「えっと、明日はその……、オムライス食べたいと思ってて。おススメって言われたから……」
「あ〜! 確かにそうだな。卵が半熟でふわっとしててさ。ソースはデミ系のお手製で、これが美味しいんだよ」
それを聞いて、加奈の表情が華やぐ。
「わあ~!! それっ、すっっごく良いっ! ふふっ」
加奈が無邪気に笑う。あはは、子供みたいだな。
「う~ん、明日は玉子サンド、がまんしますっ」
と表情を引き締める加奈。なんとも大袈裟な決意に、笑いそうになる。てかさ、
「がまんしなくてもいいだろ」
「えっ? なんで?」
「明日俺がさ、玉子サンド頼むよ。そしたら……、両方とも食べれる」
「えっ? …………あっ! そ、それ!! 良い! すごく良い!! うんうん!」
加奈が大きく頷く。俺の名案に気づいてくれたみたいだ。サンドイッチなら、シェアできるからな。加奈の嬉しそうな表情を眺めてると、
「あっ! ということは明日……、うん、うん」
ふと、加奈が低いトーンで呟いた。表情もどこか普通に戻っていく。急にどうした?
「加奈?」
「っ!? あっ、なっ、なに?」
「いやえっと……、なんか、気になって。ど、どうした?」
「あっ……、う、ううん! 別に大したことじゃないの! ないんだけど……」
何か言いたげな様子で俺を見つめる。な、なんだ? き、緊張するんだけど。
互いに少しの沈黙の後、加奈がゆっくりと口を開いた。
「えっと……、明日は一緒に、お昼……、た、食べようねッ」
えっ? そんなの、あたりまえだろ?
「おっ、おう」
俺のシンプルな答えに――、加奈が表情いっぱいに笑った。
「うんっ」
な、なんでそんな嬉しそうに?? 俺は頭の中で疑問いっぱいだったが、加奈はそんなことに気づかず、手に持っていたスイートポテトをまた一口食べる。頬を膨らませ、甘さに浸っている。
ほんと、上手そうに食うな……、あははっ、……あっ。
その時に、気づいた。なんで、今この場にスイートポテトがあるのか、その理由。そ、そうだ、俺、今日は、風香姉がきっかけで、勝手に機嫌を悪くして……。喫茶店を1人出ていって……。加奈を置いて帰ってしまった……。きっとさっきの『お昼一緒に食べよう』は……。
なんか、このままじゃ悪い気がした。
「かっ、加奈……!」
「ん? なに?」
「うっ、えっと……」
言いたいことが喉にひっかかる。つい視線が下にいく。自分の持っているスイートポテトが目に映った。俺のご機嫌取り……、いや、仲直りするためのもの。風香姉や……、加奈が、時間をかけて作ってくれた。それに対して、俺は……、何もしないのは、嫌だ。
顔を上げた。加奈の方へ向く。くりっとした目で俺を見つめていた。緊張で思わず喉が鳴る。でも、言わなきゃ。
「あ、明日も、次の日も……、一緒にお昼行く。い、いや、これからもずっと……」
それを聞いた加奈が、
「……、うん」
優しげに笑ってくれた。柔らかい空気が、あたりを包んだ気がした。強張っていた俺の顔も、なんだかほぐれて。これって、なんというか、仲直り? したような感じでいいのか? 少し落ち着かない。でも、これでいいのかもしれない。
この心地い空気感に、いつまでも浸っていた。がその空気を壊すものが、ふと俺の視界に写った。
「なっ!?!?」
俺は思わず声を上げた。だって、加奈の後ろの先。店内の出入り口、ガラスドアの外に、奴がいたからだ。目元に大きな黒のサングラスをかけた、野球帽を目深にかぶり、口元はマスク。強盗犯みたい不審者が、いつの間にか戻ってきていた。てか、俺らを覗き見ていた。
「ん? 後ろ?」
加奈が不用意に俺が見ている先へ首を回した。わわっ!? か、加奈!! み、見ちゃダメだ!!
でも遅かった。加奈が振り向いて数秒、強盗犯みたいな不審者が慌ててガラスドアから離れた。姿は見えなくなり――、そして、加奈がゆっくりと向き直る。震え気味の声で、俺に伝える。
「た、太一くんっ……、い、今のって」
「あ、ああ……。そ、そうだな……」
「えっ、えっと、あ、あの……」
「お、落ち着いて加奈! だ、大丈夫……! み、店は閉めてるから入ってくることはない」
だが不安なことに変わりはない。ぐぐっ、せっかくの良い雰囲気をぶち壊しやがって、あの不審者が!! だがイライラしても仕方ない。これから、どうするか。……、う~ん。
俺は考えをめぐらす。どうもあの不審者、加奈に気づかれるとすぐに身を隠すみたいだ。俺のときは敵みたいに睨みをきかせてくるのに……。ということは、加奈が狙いなのか? だったら、早く家に加奈を帰らしたほうが良い。ここにずっとはいれないし。
俺は外の景色に目を向ける。午後の6時過ぎだが、夏の外はまだまだ明るい。帰るなら、今の内だ。
「加奈、今日はもう、かえ―――」
帰った方が良いと言いかけて気付いた。 ま、待て俺!! 今加奈を1人で帰らせたら、それこそ危険だろ!? さっきまで不審者がうろついてたんだから。もう少し待ってからの方が……、いやそれだと、いつまで待つのが正解なんだ? まだ外は明るいとはいえ、30分もすれば、薄暗くなりはじめるし、それだと、あの不審者が、動きやすくなるんじゃ……。
「た、太一くん?」
「つっ!? は、はい!?」
加奈が少し不安げに見つめてくる。俺の、言葉の続きを待っているみたいだった。い、いやどうする!? 今すぐ帰った方が良いなんて、言えない。ど、どうすれば良い!?
考えろ!!
今すぐにでも、加奈が安全な場所、家に帰してあげたい。
でも、今、不審者がうろついているかも知れないから、待った方が良い。
でも、それだと、外は暗くなり、危険が増す。
う、うおっ……、け、警察に付き添ってもらう? ば、バカか俺は!? そんな大げさなことできるか!? い、いや、何かあったときのためにも、それぐらいは……。いやでも、さすがに警察は行き過ぎだろ!? だったら―――
「はっ……!? そ、そうか!」
俺は答えを導いた。いやでもそれは……、す、すごく、は、恥ずかしいというか、で、でも……、あ~、もう!! は、恥ずかしがってる場合じゃないだろ!!
手に持っていたスイートポテトを一気に口へ放り込む。むぐむぐと咀嚼。ひとときの優しい甘さに体の緊張をほぐして、俺は勢いよく口を開いた。
「か、加奈!!」
「は、はい!?」
「お、俺!! 今日は、い、家まで送るよッ!!」
そう、加奈の家路まで、付き添いだ!!
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