第16話 喫茶店にて

 商店街の真っ直ぐ伸びた大通りをしばらく歩き、右手の小道へ入った。見慣れた道を少し先に進み、俺は立ち止まる。加奈も少し足を詰まらせながら止まってくれた。

 

俺は目の前にある喫茶店に目を向ける。


えっと……、加奈に説明しなきゃな。


風花姉の喫茶店前で、俺は少し考える。たしか、北欧風の喫茶店、を売りにしてたっけか。


綺麗な白色の木の板が外観に使用されていてとても目を引く。木製のドアはターコーイズブルーにカラーリングされていて、2色のカラーリングがとても爽やかだ。夏の蒸し暑さを和らげてくれるような気持ちになる。


『cafe Huuca』


喫茶店のドア付近には黒板のボードが置いてあった。白いチョークで英語の筆記体で書かれた店名の下には、coffeやsandwichなど、喫茶店の定番メニューがイラストで描かれている。赤や黄、オレンジ色と華やかで、ちょっとした黒板アートみたいだ。


「わっ……! 可愛いっ」


んっ……!?


 俺の隣にいる加奈が、急に声を上げた。柔らかな声音。なのに俺は変にビクッとしてしまった。いや、さっきまで加奈、ずっと無言だったから、つい。というか、可愛いって一体何が?


俺は加奈に目を向けた。丸い綺麗な瞳で、興味深げに喫茶店を眺めている。いつのまにやら片手にスマホを構えていた。


パシャ、パシャと写メを撮り始める。


 あ~……、喫茶店を可愛いと思ったのか。まあ、確かに女子受けが良さそうな感じだし。


 しばらく、加奈の写真撮影を見守った。ちょっとアングルにこだわったり、熱心に写メを眺めては、「う~ん……」と悩んだり、「うんうんっ……!」と笑って頷いたり……。

 加奈の様子を見てると、思わず笑いそうになる。さっきまで、シーンとしてたから、余計にだ。


「ははっ、楽しそうだな」

「えっ……!?」


 加奈が、こちらに振り向いた。丸い綺麗な瞳で俺を凝視する。


あっ、しまった……。


無意識に、声を出していたことに今気づいた。いや、その、加奈がほんと楽しそうだったから。


急に、加奈の顔が赤みを帯びていく。特に耳付近がやばい。真っ赤というか。せわしなく耳元の黒髪を掬い上げるから余計目に付く。なんだか恥ずかし気な感じで、身を寄せている。い、いや、別に悪い事したんじゃないんだから、気にしなくても……。ううっ、どうすれば……。

 

身動きできず固まっている俺に、加奈が声を上げた。


「え、えっと! ここなの?」


 加奈がそう言って喫茶店を指さした。俺は、慌てて無言でうなずく。

 加奈がぎこちない笑みを浮かべる。


「そっ、そっかあ! ここが、風花お姉ちゃんのお店かぁ~……! あははっ」


そう言って、加奈は喫茶店の外観を再度眺める、というか凝視していた。すると――、


「あっ」


 加奈が何かに気づいた。視線は、喫茶店の窓に向いている。中の様子を確認でき、何人かのお客さんがいた。そして、この喫茶店のマスターも。


風花姉が、俺らを見つめていた。楽し気な笑みを浮かべながら。しかも、何人かのお客さんもこっちを見ている。風花姉と楽し気に何やら話しながら。


俺の頬が少し引きつる。うっ……、俺らの様子をずっと見てたのか。


恥ずかしい。ちょっと帰りたい、とも思ったが……、そうもいかないよな。俺らは、ここでお昼を食べる約束してるから。


「……、か、加奈」

「っ……!? う、うん?」

「店にさ、は、入ろっか」

「あ、う、うん! そ、そうだねっ」


俺は喫茶店のドアに手をかける。後ろにいる加奈が、近寄ったのが分かった。思わず喉が鳴る。結構、距離が近くて。でも、そんなことを気にしてる場合じゃない。


 喫茶店のドアを開けると、備え付けてある鈴が、気持ちの良い音を奏でた。


「いらっしゃ~い。やっと入って来たねっ~、太一~、加奈ちゃん~」


 店内のカウンター内で、手のひらをひらひらと軽やかに振りながら、風花姉が嬉しそうに笑っていた。そして、嫌に明るくて、張りのある声音に迎え入れらながら、俺と加奈は店内に入っていった。

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