焼きたてクッキーよりも

久里

第1話 真っ白な出会い

「ハルちゃんは、何の部活に入るか決めたのー?」

「まだ決めてない。っていうか、はるかだし。ハルちゃんって呼ぶな!」

「あはは。怒ってるところもかーわーいーいー」

「う・る・さ・い!」


 不機嫌全開で唸ったのに、なぜか「よーしよしよし」と頭を撫でられた。

 解せない。

 いま絡んできた女子二人だけじゃなくて、クラスの全員がオレのことを『ハルちゃん』と呼ぶけど、正しくは櫻井さくらい はるかだ。れっきとした男子高校生。

 可愛いって言われても、まったく嬉しくない!


「決めてないといっても、少しは考えてるんじゃないの?」

「んー……。まぁ、強いて言えば運動部が良いかな。バスケ部とか?」


 女子二人は顔を見合わせて、ぷっと噴き出した。


「ハルちゃんがバスケ部ぅー!?」

「背の高い人たちに囲まれながら、一人だけ背伸びして、あたふたしてそう!」

「分かるわぁ。ハルちゃんがバスケ部に入った暁には、『きゃー! ハルちゃん可愛いー!!』って応援しにいくね!」


 ……こいつら、マジではったおしてえ。


 失礼な女子二人が笑いながら教室を出ていくのを見届けて、体育館方面へ向かう。放課後の廊下は、明るい表情を浮かべて部活動に向かう生徒たちで溢れている。


 この高校に入学して、そろそろ一ヵ月。

 オレも、そろそろ部活決めないとな。

 一番重要なのは、格好良く見えて、女子にモテそうなこと。

 誰もが認める男らしい部活に入り、今度こそオレは『可愛い』を卒業する。

 他人に頭の中身をのぞかれたら笑われそうだけど、オレにとっては、切実な悩みを巡らせていたその時だった。


「きゃあああああああああ!!」


 女の人の悲鳴!?

 聞こえてきたのは体育館とは逆方向、家庭科室の方だ!

 明らかにただごとではなさそうな大きい叫び声に、自然と足が動いていた。


「大丈夫ですか!?」


 焦って、勢いよく家庭科室の引き戸を開き――目を剥いた。


「ごほっごほっ! いってててて……」


 その人は、全身白い粉まみれになりながら尻もちをついていた。その傍らには、口のぱっくりとあいた小麦粉の袋が、このシュールな光景を嘲笑うように転がっている。


 おいおい……今時、こんな絵に描いたようなドジッ娘が実在すんのかよ。


 飛びこんでいったけど、かける言葉も出てこなくて立ち尽くしていたら、粉人間と目があった――ように感じた。


「あなた、もしかして……家庭科部への入部希望者!?」


 この状況で、第一声がそれ!?


「いや、違います! オレはただ、悲鳴が聞こえたから駆けつけただけでっ」

「なあんだ。期待したのに」


 かろうじて粉被害を逃れたらしい上履きのラインは青。

 どうやら二年の先輩らしい。


「そんなことよりも、早く、この惨状をどうにかした方が良いのでは……」

「え? あー。まあ、このぐらい慣れてるから、どうってことないけどねぇ」

「ウソでしょ?」


 おっと。仮にも先輩に対して、タメ口が出てしまった。


「ウソじゃないよ? こんなこともあろうかと、着替えのジャージは常に持ち歩いてるんだぁ。よくシャワー室をお借りしてるから、水泳部の人たちとも仲良しだし〜。この高校の掃除用具の在り処なら、わたしに任せてよ!」


 自信満々の様子で、親指を立てたGJポーズを力強く向けられた。

 ……だんだん分かってきたぞ。

 この人、だいぶというか、とてもヘンだ。


「あー、そうですか……。じゃあオレ、見学していきたい部活があるんで、さよなら」

「あーーーーっ! ちょっと待ったぁ!」

「ええと……まだ、なにか?」

「見学したい部活があるってことは、まだどこの部活にも入ってないってことだよね?」

「まぁ、そうですけど。といっても、家庭科部にだけは入りませんよ」

「そんな冷たいことを言わないで! そうだ、見学だけでもどう?」

「嫌です」

「意地悪~! じゃあ、名前だけでも教えてくれない? これも何かの縁だと思ってさ!」


 まぁ、名前ぐらいなら良いか。


「……櫻井さくらい はるかですけど」

「はるか! すごい! 名前まで可愛いんだ!」


 …………。


「うっかり小麦粉をバラまいちゃったのはショックだったけど、可愛い女の子と知り合えたし今日はラッキーデーだ! あっ、申し遅れました。わたしの名前は、日原ひのはら むぎ。二年生だよ!」

「…………オレは、女の子じゃなくて、男です」


 次の瞬間、家庭科室を揺らすほどの絶叫が響きわたった。

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