十五:寄道(一)
ポイぺ国でのパーティー後は、城の中で眠らせていただくことになった僕達。イリス国のベッドよりふわふわで、とても寝心地が良かった。
翌朝、ポイぺ城を出る際、ポイぺ王や大臣をはじめとした、沢山の人々から見送られた。あまり大それたことはスパイの二人が嫌がるだろうに。……と思ったら、アズキとアランは笑顔で手を振っていた。ポイぺ王や大臣には二人の存在を素直に説明したので、もはやここでスパイをする気は無いのだろう。それにしても、凄い溶け込み具合だ。
ポイぺ城の人々と別れてポイぺ国を出たところで、ふと僕は思い出す。
「姫、そう言えば、大臣に何を頼んだのです?」
「うむ? 聞きたいのか? 欲深い奴め~」
「姫がご迷惑をおかけしたんじゃないか心配なのですよ」
「迷惑そうな顔はしておらんかったよ? まぁ、四人分の宿代より、パーティー代の方がかかっておると思うしのう」
「宿代、ですか」
姫、まだあのこと気にしてたのか。どうやら、宿代を払ってもらったことすらチャラにしたいらしい程、彼はお気に召さないらしい。でもまぁ、あの男に払ってもらいっぱなしと言うのも確かにいけ好かんかな。
「……嫌なのじゃー! あの時の話をするだけでコレじゃろう!? 私は白けるのが嫌いなんじゃ!!」
「まぁ仕方ないですよ、カオス国の王子が関わっているんですから」
姫をなだめていると、アランが、「そういや」と声を出す。
「ここをもう少し行ったとこに、アネゴの故郷があるんですよね」
「そうなのか!? 行こうぞ行こうぞ!!」
「姫、貴方とあろうお人がそう何日もいないわけにはいきませんよ」
そうは言っても、いない間はエロス様が可愛い妹の代わりに影武者代わりになっていて、いなくても結構成立してしまっていたりする。エロス様は、「何でイリス国に来てまでこんなこと……」とぼやいていたがね。
「私の故郷はつまらない森の中ですよ。見るところなんてほとんどありませんわ」
「だったら尚更行っても良いではないか!」
「どうしてですか?」
「パパッと見て、パパッと帰って来ようぞ!!」
そう来るか。屁理屈だけは浮かぶ姫なのだから。これ以上無駄な動きはしたくないが、故郷を見たいと言われるアズキも、悪い気はしないらしい。僕の目を見る。普段真面目な彼女に頼まれてしまうと、断りにくいよな。
「少し寄って行きましょうか」
「え、ええ! 宜しければ、ご案内致します!!」
アズキは先頭に立ち、「こっちです」と木の枝に飛び移った。
… … …
ポイぺ国より三十分。確かにポイぺ国からは意外と近かった。里は、緑の生い茂った広大な森の奥に広がっていた。木の柵で森と里との境を作っており、このような森の中で無ければ、どこかの国に狙われていてもおかしくない場所だ。
里の入り口へと降り立ち、僕は里の看板を見る。看板には、「ようこそ、和の里へ」と掘っており、その下には、「冒険者歓迎、粉骨砕身の精神で迎え入れます!」と、なかなか読みにくい達筆で書いてある。そんなに親切にしなくても良いと思うのだが。
少し歩いていくと、赤子を抱えた女性が、此方を見て笑顔で駆け寄って来た。早速、和の里を代表しておもてなしする気だろうか?
「あら、梓喜(あずき)ちゃん、お帰りなさい」
「ただいま、美生(みよ)さん。りっくんもただいま」
幼子を抱えた女性は、ミヨさんと言うらしい。アズキはりっくんと呼ぶ幼子の頭を撫でて微笑んでいた。昨日は彼女と戦ってしまったが、思えば彼女も一人の女性なのだよな。
「お話ししたいけれど、この人の数じゃ、忙しそうね。それじゃあごゆっくり」
「ええ、また今度」
ミヨさんは手を振って去って行くと、アズキも笑顔で手を振った。少しくらい話しても良かったのに。
「ええ故郷じゃのう、アズキ!!」
「はい! ここには楽しいところがいっぱいあるのですよ!!」
本当に楽しそうなところだ。アズキ同様に髪の黒い人々は、多種多様な着物を着用している。里と言えども、建物は岩や瓦を使われた造りのしっかりしたものが多い。これだけを見れば、里だとは言いづらい。
「けれど、初めは長老に挨拶をしましょう。さ、ついてきて」
アズキは人波を避ける為、人様の家の屋根を飛び越えていった。アランも、カモン! と手招きをして飛び上がる。姫を抱える役はやっぱり僕か。他にも人様の屋根に上がる癖は如何なものかとか、二人はよくそうぴょんぴょこ飛び跳ねられるなとか物申したいものだが、思っている間に二人の姿は小さくなっていく。
「モモロン、いざ、長老の下へ参らん!!」
「人を馬みたいに扱って!」
「ブロロー」
そう言うと、姫はどこから持ってきたのか、生のニンジンをひとかじりして租借する。
「やっぱり天然は甘いな」
「貴方が馬になってどうするんですか……」
やれやれ。首を振った後で、姫を抱えて瓦屋根を駆け抜けていく。その後ろで、幼い少年の、「父ちゃん! あの姉ちゃんと兄ちゃんが、オラのにんじん盗んだんだよ!!」と叫ぶのが聞こえてきた。……申し訳ない。この件に関しては、後程僕がきつく叱っておこう。
… … …
何とか二人に追いつき、森の最奥へとたどり着く。そこには、今までの家とは違う、木製の小屋が一軒あった。
「じぃさま、ただいま帰りました」
アズキは扉を開け、中央に座る人物を確認すると、深々と頭を下げる。アランも頭を下げたので、僕も姫の頭を掴んで頭を下げる。姫が、「痛い! 首を狙ってアサシン入門でもする気か!!」と意味不明なことを言っているので、ついでにもう片方の手で口を塞ぐ。
それから多分、五分くらい。皆頭を下げ続けた。始めは抵抗していた姫だが、次第に力を失っていく。やばい。酸素不足かもしれないが、長老による顔を上げて下さいの合図が無いので、上げるに上げられない。
「……じぃさま」
アズキの声が聞こえてくる。少しだけ頭を上げると、長老が首を傾げているのが分かった。おや。これはもしや。もう少しだけ顔を上げてみると、アズキが長老の肩を強めに揺らしていた。
「じぃさま! じぃさま!!」
アズキに揺らされても、その表情を変えない長老。無論、その顔つきはとても穏やかで、気持ちよさげなおねむり状態だ。
「じぃさま! 起きて!! みんなの前でみっともない!!!」
「いや、アズキ。これだけ気持ち良さそうに寝ていらっしゃるし、挨拶は後でも」
僕がアズキの肩を掴んで説得していたその時、アズキと僕の反対側に姫が現れ、眠りこける長老の耳元で囁いた。
「じぃさま。八十年間お疲れ様でした。お迎えに参りましたよ」
姫が発した瞬間、長老は目をカッと見開き、俊敏に立ち上がって叫んだ。
「まだいかねーよ!!」
長老が立ち上がったかと思えば、今度は僕達の顔を、僕、アズキ、アラン、姫の順に一人ずつ見ていく。そして、何を優先させたのかは謎だが、一つ頷くと、長老はアズキの頬を力強く叩いた。女子なのに……!?
「ふごっ!!」
「よし、これだけ人を叩いて痛いってことは、これは現実じゃな。良かったー今日も楽しく過ごせるわい」
「じ、じぃさま! 自分の痛みを他人に共有しないで下さい!!」
アズキは立ち上がり、膨れた片方の頬を手で押さえながら言う。長老は、「おやまぁ」と間抜けな声を上げ、アズキを指差した。
「これはこれは、里を代表するとかぬかして一人外の世界に旅行へ向かったバカ孫ではござらんか」
「まぁ! 何てことを!!」
じぃさまと言っているとは思ったが、そうか、この人がアズキの祖父だったのか。頭髪は無いものの、眉毛と髭は恐ろしく多くて長い。帽子を被せればリアルサンタクロースなこの人が、アズキの祖父なのか。
「無駄に速い足を男漁りに使わんで、すっぱいなる珍妙なものに使いよって!」
「スパイです!!」
「アランの足はすっぱそうじゃなぁ」
「カミさんにも言われます。何か直すアイテム無いですかねぇ」
「ほれ、そっちの二人もすっぱい言うとるじゃろうが」
二人の会話はまた別なんだが。空気を読まない二人の所為で、アズキは圧倒的不利。アランを鬼の様な形相で睨んでいるが、残念なことにアランは自分の足を見つめている。完全にすっぱいの方に考えがいっている。
「その体だって……」
長老はアズキの胸を指差し、ため息をついた。
「なんじゃ、その男を寄せ付けない胸は。わしはそんな子に育てた覚えは無いぞ」
「どう育てようが、私はこうなる運命だったのです」
「いいや、わしは頑張って育てたぞ。お前さんが眠る頃は、何時も色っぽい女性の沢山出てくる雑誌を読み聞かせたし、お前さんの名前はうっふ~んだと何度も教えてやったし、胸の大きくする方法だって、村人のおなごから沢山聞いて、教えてやってきたのに!! 何も成果が出とらん!!!」
アズキの半生が可哀想すぎる。名前がうっふ~んってどう言うことなんだ。彼女の名前はアズキじゃなかったのか。案の定、姫とアランは腹を抱えて笑っている。二人の笑い声を聞く度、アズキは口元を引きつらせて肩を震わす。
「それにな、男の誘い方だって教えたはずじゃろう? 男を誘う時は、”ハァイ”ってまずは左手の指をゆっくり一本ずつ折り曲げて、相手が食いついて来たら右手で同じことをすると」
そんなアホな誘い方があるか。
「あ、初めて会った時にアネゴがやってたのってそれか」
やってたのかよ!!
「ち、違う! 当時はそれが正しい挨拶だと思ってただけで……」
「なんじゃ、わしの言いつけを守っておったのか。なかなか隅に置けんのう」
「ですのうですのう。囲碁はなかなか隅に置けんのう」
エロジジイの隣に騒音姫が来てしまい、相当追い込まれているアズキ。
そこへ、ドタドタと激しい足音と共に、勢い良く引き戸を引く音がした。後ろを振り返ると、そこには先程姫がニンジンを奪ってしまった少年が立っていた。
「長老! 大変だよ!!」
まずい、先程のことを告げ口する気か。指を差されないように、少年となるべく顔を合わさないようにする。
「竜太(りゅうた)がヒュドラにさらわれた!!」
「な、何じゃと!!」
「竜太が!?」
リュウタと言う言葉に、長老とアズキは途端に顔色を青くした。……何だか、長い寄り道になりそうだ。
モモロン 素元安積 @dekavita
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。モモロンの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます