第6話


 さて、それじゃぁ試しにこんなこと言ってみようかしら?


「か、カニ?はい?カニと言いました?」


 そう言うと男は動揺した顔に変化した。


 ちなみに、このアパートはオートロックでは無いので強盗犯はドアの前にいるわ。元々はインターホンにカメラなんか付いてなかったのだけれど、事件も多いから最近取り付けてみたの。外からはカメラが有るとはパッと見分かりにくい作りなのだけれど、ちゃんと家の中からは外の様子がモニターで見られるわ。


 いや〜付けて良かったわね。ああ、そんな事考えてる余裕はないわ。


 私は闇の組織、闇の組織、闇の組織。


 そう、これから裏の組織の女よ……。


 舞台に上がる前のルーティンをしながら私はこことは違う世界に入る。


 飛びっきりの演技で。


 怖さを感じる声で……。


 恐怖を感じる息で……。


 私は私ではない女に変身をし、言葉を発した。



「あのですねぇ……今日……こちらにはうちの組の者が来る予定でしてねぇ……?そいつが例のブツをダンボールの中にしまって、持ってきてくれるはずなんですよォ?そのブツで例の組の組長を殺す予定なのですが?」



 恐ろしい悪の声で続ける。



「わたくしたちは裏の組織で動く同業者ですから、だいたいは言ってることなんてわかるとは思いますが……」


「顔を事前に合わせるのも、連絡の取り合いも危険な状況下でしたし……面識は無かったので……ね?だから、例のブツを持ち、合言葉を使ってここまでたどり着いてもらい取引する予定だったんですけれど……」


「合言葉は〝ウニ〟だったはずなんですよねぇ……」


「これじゃぁ、どうやってあの組長を殺すために動く仲間のところへ行けばいいんでしょうかねぇ?」



 裏の世界に間違えて足を踏み入れたと思わせ、少し怖がらせたらどうなるかと思って軽〜く演じてみたのだけれど。


 パッとその場で考え発した言葉が、どうやら効果絶大だったらしい。


 何かの組織絡みの人間だと勘違いされていてまずいとでも思い込んでいるだろう。


 男は真っ青な顔で状況が飲み込めずにいるので、私は続ける。


「つまり、あなたは……何者なんですかね?」


「今すぐ白状しないと、この何千人もを殺した銃でぶち抜きますけどぉ?」


──バッーーーーン!


「あら、空砲みたいね。今部屋にある弾を入れて外に出るから待ってなさい」



 もちろん、これは全て演技だからね?


 私は組織の人間でもないし、この世を生きるプロの役者よ!


 あ、そうそう。バーーンと響いた銃の音はインターホンのマイクに向かって大きなクラッカーを破裂させてやったわ。友達の誕生日がもうすぐの予定だったから、サプライズ用にたまたま用意してたのよ。どうやら犯人はそれが銃声だと、本気で思ったみたいね。


 そして、男は気づけばモニターの前から居なくなっていたわ。慌てて逃げたみたい。


 きっと、よく分からなくて混乱してるでしょうね、でも、なんかヤバいかも?とでも思ってくれたんじゃない?笑


 これは私の演技があってこそできた事ね。犯人にとって訳の分からない疑問とヤバいと思う恐怖はこの数秒で私の演技によってヤバいが勝ったのよ。


「ふふ、何コレ、こんなに簡単に犯人さんは騙されちゃうの?」


「笑っちゃうわね笑」


 まさか、こんなに上手くいくとは思わず……私は自分の演技力の素晴らしさと男の騙され具合に面白すぎて、ふふっと笑ってしまっていた。


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