読めるか?

紀之介

汝は知らぬ様だな

 裏山でおらは、苔むした 石の祠を見つけた。


 中には石版が収められている様だ。


 少し近づいて、何が書かれているか読もうとした時、声がした。


「─ 何者だ?」


 驚いて、おらは後ずさる。


「── 子供か」


 幾らかの沈黙の後、祠は挑む様な声を響かせた。


「汝は、中の石版に書かれた文字が読めるか?」


「それぐらい読めるよ、サカナ でしょ。」


 祠が、悲しそうに呟く。


「文字が読めるだけで…それがどう言うものなのかを、汝は知らぬ様だな……」


「バカにするなよ! 魚っていうのは、海とか湖とか川とか言う、大量の水がある場所に 住んでいる生き物だろ!!」


「だが、実際には 見た事ないであろう?」


 おらは、必死で言い訳をした。


「ち、近くには、海も湖も川もないんだ!! 仕方ないだろ!!!」


「認識あるものが文字を読まないと、我は開放されない」


「え?!」


「我は、ここに封印されておるのだ」


 祠から、口惜しそうな声が漏れる。


「…あろうことか、酒席で議論に負けたことを根に持ちおったバカが、我が酔い潰れておる間に、ここに封印しおった──」


「じゃあ、その人に何とかしてもらえば」


「雲上界で、ほくそ笑んでおる。」


 何も言えないでいるおらに、祠が呟いた。


「はるか昔は この地にも湖や川があり、魚もおった。その時に誰かがここを訪れ、祠の中の石版の文字を読んでくれれば、それで封印が解ける可能性があったのだが…」


 おっとうのおっとうのおっとうのその先の、はるか昔のおっとうの時に、近くに湖や川があったという話は、おらも聞いた覚えがある。


「この先も 汝の様に、字は読めても 実際の魚を見た事がない人間しか、この祠を訪れないのであれば。。。」


----------


「イシッフユ!」


 ある日の夕刻。


 おらの家の戸を、小老様が乱暴に開けた。


「お前は今年、10歳になっていたな?」


 戸惑いながら、食卓の椅子から腰を浮かしかける おっとうとおっか。


 それには目もくれず、小老様は おらに席に駆け寄った。


「村の商隊に出来た欠員を、おまえが埋めるのじゃ!」


 立ち上がったおらの肩に、小老様は両肩に手をおいた。


「今回行く街には、大きな湖がある! それをお前、見たくはないか? それに、魚も食べ放題だ!!」


「い、行きます!!!」


----------


「ほーこーらー」


 獣道をかき分けながら、おらは裏山を登る。


「おら、大きな湖のある、カサナの街に 行ってきたぞ。」


「─ 見たのか?」


「沢山食べたし、泳いでるのも見てきた!」


「── では、石版を読んでくれ」


 祠に近づいたおらは、文字を読んだ。


「サカナ」


 声に出した瞬間に、石版は砕け、祠は崩れた。


「汝のお陰で、封印は解かれた。礼を言う」


 もうもうと上がる、砂煙。


 その中を、天空に上がる気配がおらに告げた。


「何れ汝には、改めて恩を返す。だがそれは、雲上界に登り、あのたわけ者に思い知らせた後じゃ!」 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

読めるか? 紀之介 @otnknsk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ