今回も主人公じゃない

とにもかくにも作戦は決まったので、こうして道のど真ん中を歩いていたわけだ。黒い服を着ていることもあり、離れる人は居ても近寄る人はいない。


改めてゴリラを見てみると、俺の周囲にリーブやワンがいないかとさりげなく確認しているのがわかった。話しかけといて周りを見渡す姿は、待ち合わせ場所にどうにも話しづらい人しかいなくて、早く他の人が来ないか探しているような、そんな感じだ。


これは俺が『話しづらい人』だといっているのではなく、目的は俺ではないが、俺には目的であると思わせる必要があるという比喩だ。俺は『話しやすい人』だ。


しかしなんだ、レイからの前情報があるせいか行動の一つ一つに疑惑の目を向けてしまい、彼の言葉が嘘くさく聞こえる。こいつ間違えたとはいえ俺を殺したんだよな…。


うん、突然戦闘支援部隊に志願するのは不自然だし、慎重に話を進めよう。


「…第二部隊じゃなかった?」


「正しくは指令部隊だ。」


俺がそうなのかと相槌を打つ。戦闘部隊の集合を放棄して俺の監視を優先したわけではないと。レイの憶測ではあったが、本当に監視役だと考えて間違いなさそうだ。


「なんか詰まってない?」


前方をよく見ようと高度を上げるレイ。確かに混んでいるというか、人が急に多くなったな。ゴリラはというと、少し焦った顔で明らかに歩くペースを落とした。何か知っているのか?


先に歩いて行く理由もないのでゴリラに合わせてゆっくり歩くが、すぐに立ち止まることになった。俺もそうだが、流石は支援部隊。このまま立ち止まっていては遅刻をしてしまう可能性もあるのに、誰一人として行動を起こさない。


「ブルムに勝ち戦の可能性があるのに非協力的なだけあるわ。負け犬極まれり。」


俺を見ながら言うんじゃない。にしても何があったのだろうか?俺も気になって背伸びをすると、何を思ったのかゴリラが手を繋いできた。やめろ気色悪い!


俺が振りほどこうとすると、後ろから声をあげる者が現れた。


「何してんだよ!さっさと進めよ!!」


違う、これはこいつが勝手に…人ごみに乗じてイチャイチャしているわけではない!訂正しようと声の主の方を見ると、俺たちより前方を見ながらぴょんぴょん跳ねている男がいた。あいつは…たしか兄貴を待たせているくせに支援部隊に居る男だ。


「先に進めないんだよ!」


苛立った声が返ってくる。先に進めない?このあたりだと、ビーク監獄を囲う塀の扉でも閉まっているのだろう。なんだ、鍵でもかけられたのか?やる気のない囚人を使うだけ使って閉じ込めたのだろうか?


「少し道を開けてくれ。」


とは言いつつも、ゴリラはその一回り大きい図体で囚人たちを押しのけながら強引に扉へと進み始めた。当然手を繋がれた俺も一緒に連れていかれる。夏祭りの人ごみで、はぐれないようにしているカップルの彼女側になった気分だ。こいつの背中、こんなに大きかったっけ…。


じゃなくて。良くない表現をしてしまった。俺は幼馴染ではない。これはそう、流氷を砕氷船で砕いていくような感覚だ。ただ日差しは強く、この人口密度のせいで寒さは全く感じられなかったが。


しかし寒気は感じたわけだし、表現だけでも涼しく行こうじゃないか。俺がされるがままに引っ張られていると、レイと目が合った。


「…いつから手を?」


話がややこしくなりそうなので、繋いだ手を隠すようにゴリラの背中を押した。




扉の前に辿り着いて、違和感を感じた。扉には深々とマントを羽織った人一人しかいなかったからだ。開かないのなら、もっと大勢で押したり引いたりしていてもよい気がするが、一人な上に扉の前に寄り掛かって座り込んでいるのだ。


ビーク監獄唯一の出入り口。最大の監獄なだけあってその扉も大きく、頑強な金属でできていた。ここまでたどり着いてもこれを見たら、脱走の気が失せてしまうだろう。俺の中で鍵がかかっている説が濃厚になる。


「先に進めないんです。」


囚人服を着ていないゴリラを『亡霊』の初期メンバーだと理解したのか、イケメンが敬語で話しかけてくる。ゴリラはギロッとイケメンを睨み歩き出そうとするが、イケメンは静止してくる。


「待ってください、せめて両手を前に突き出して進んでください。」


名案じゃないか。さあ俺から手を放して、しっかりと両手を前に…。ゴリラは不機嫌そうに鼻から息を吐くと、片手を前に出して歩き出す。アドバイスは聞くべきだと思うんだけどな…。


しかし数歩も歩かずゴリラは立ち止まり、座り込んでいたマントが立ち上がった。


「ここから先は通さねぇ。」


「なんだ、これは?」


ゴリラは俺から手を放さず、片手を何度も突き出す。両手の方が確認しやすいんじゃないか…?あたりをきょろきょろしながら、何かを押す姿はそこに見えない壁があると主張しているかのようだ…。


俺も思わず手を伸ばすと、見えない壁に触れることができた。反射的にレイを見ると、変な目で俺とゴリラの繋いだ手を見ていた。あのさぁ…勝手にカップリングしないでくれない?こいつは同姓であれば何でもいいのか?


「少し待ってくれ。」


「何をしても無駄だぜ。」


ゴリラが地面に壁に沿って線を引いていると、壁の向こう側にいるマントが近寄ってきた。なんだろう?歩いているが、妙にしっかり見られないというか、ブレて見えている気もする。俺が目を凝らしてマントを見ていると、ゴリラが俺から手を放した。


ゴリラはそのまま腰を低くすると、息を吐きながらゆっくりと線から距離を取り始めた。何をする気なのだろう。


自然とゴリラの邪魔をしないように周りを空ける囚人たち。俺も下がって囚人の中に混ざろうとしたが、そもそもゴリラに戦闘支援部隊の話ができていないことを思い出して、足を止めた。


「おい、聞けって。」


無視を続けるゴリラに強気な発言と裏腹に、慎重に一歩ずつギリギリまで近づくマント。通れないというのに何を恐れることがあるのだろうか?やたらゴリラの引いた線を気にしている。


「ねえ、ついさっきまで手繋いでたよね?」


無視を続ける俺にしつこく付きまとうレイ。だるいって!お前もマントぐらい慎重になれよ!それに今ゴリラの見せ場だから!


レイを無視してゴリラを見ていると、今度は体が膨らむほど息を吸い始めた。近くで野次を飛ばしていたマントはもちろん、周りで雑談をしていた囚人も静かになる。何をする気だ?全集中?なんの呼吸使いだ?


ゴリラが両手をゆっくり上げた。


「…っ!」


皮膚からは血管が浮き出て、耳が真っ赤になっている。開いた両手の指を90°曲げて交差させるように脇まで振りぬく。そして振りぬかれた両手を握り締め、肘を後ろに引きながら両手を下に振る。


空振り?妙にかっこいいがよくわからない行動を見ていた囚人たちは、互いに顔を見合わせて自分の目がおかしくないことを確認しあっている。


しかし何が起こったのか示すように、遅れて地面に衝撃が走り土煙が舞う。同時に、目に見えなかった壁が音を立ててその衝撃の強さを示した。ペットボトルとペットボトルをぶつけたような音で、残念ながら壁を破壊できなかったような音だった。


壁を挟んで命中個所に立っていた男は微動だにせず、土煙がなくなるころに手を振りながら挑発してきた。


「少し待ったけど、話聞く気になった?」

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