その28 パンドラの箱

「でも結局、勉強するんだ?」

「習慣よ。なくなるとそれはそれで寂しいの」

「ふぅん。まあ、あのくず野郎の束縛がなくなっただけでもだいぶ楽になったわねぇ」

「……あんまり人の親を『くず野郎』呼ばわりしないでくれる……?」


 お父さんに命令をかけたことで、私への異常な束縛は見る影もなくなった。

 私が遅刻したことも一から説明したら納得してくれたし、誘導と違って強い意志がお父さん側にあっても、私の命令の方が強く効いている。


 とは言っても、効果が切れる時期はくるはずなので、その度に命令をかけ直す必要がある。

 ただこれも、三度もすれば命令の内容が当人にとって当たり前になるので、いずれは必要なくなるはず……らしい。

 意志が強ければ強いほど定期的にかける命令も長い期間になってしまう、ともホランは言っていた。


 私が勉強している隣で、ベッドに寝転がりながら、ホランがゲーム機をいじっている。


「いつまでいるのよ……」

「せっかく力を貸してあげたのにその言い草は酷くない? 一応、パートナーじゃん、アタシたちぃ。というか部屋にテレビないの?」

「あるわけないでしょ……勉強漬けの私の生活、知ってるよね?」


 テレビは一階のリビングとお父さんの部屋にしかない。


「……それ、面白いの?」

「ゲームに興味あるんだ?」


 嬉しそうに顔を綻ばせるホランが、私にゲーム機を押しつけてくる。


「貸してあげる」

「え?」


「何事も経験だよ。あの男の束縛がなくなったなら、ゲームくらいできるでしょぉ? 面白かったら一緒に通信して遊びましょうよ。一応、アタシ、オンライン世界では有名なプレイヤーだから」

「遊んでるわね、侵略者」


 電脳世界を席巻してるって意味なら、侵略活動とも、言える……?

 ホランの上司には物は言いようで、それで納得してもらっているのかもしれない。


「返すのはいつでもいいから。……ついでにそれも」

「……いや、こっちは返すわよ」


 ホランの力が使える端末は返すべきだ。

 ホランにはこれが必要だろうし、お父さんに使った以上、もうこれを使う機会なんて訪れないだろう。


「いいや、意外と機会は多いと思うわよぉ? 一応、持っておきなさいって。アタシが今日みたいに都合良く助けられるとも限らないし。防犯対策と思って。こっちでのスマホと使い方は同じだから、中にどんな力があるのか確認して使ってね」

「だから、使わないって」


「力の補充は全部の力を使い切ってからじゃないとできないから……その辺は、考えて使ってねぇ。あ、良なら慣れてるからアドバイスでも求めてみれば?」

「絶対に聞かない!」


「あはっ、とにかく、今日はアタシ帰るから。リアルタイム視聴でコメントつけなくちゃいけないし」


 なんのことかさっぱり分からなかったけど、どうせくだらないことだろうと思った。

 厄介な物を無責任に押し付けて、ホランは窓から外へ跳んで行ってしまう。

 屋根から屋根を渡って、あっという間に姿が見えなくなってしまった。


「……そう言えば、どこに住んでるんだろう……?」


 大量にアニメのグッズを買っているみたいだし、それを保管するために大きな部屋が必要になってくるはずだ。

 それにホランの性格上、狭くて汚い部屋に住んでいるとは思えなかった。

 力を使ってどうにか手に入れたに違いない。


「今度、遊びに行ってみようかな……」


 初めての経験に、少しわくわくしていた。



 朝、家を出る前、鍵をかけていた引き出しの前で思い直した。

 一旦、諦めてから家を出て、一〇分後に結局一度戻り、引き出しを開ける。


 カバンの奥底にそれをしまって、学校へ向かった。

 朝の生徒会室で勉強をし、予鈴を聞いて教室へ。


 お父さんの束縛がなくなっても、私の生活は特になにも変わらなかった。

 放課後、やはり時間通りにはきてくれない二人を探しに校内を探し回る。


 ついでに声をかけたホランは用事があるから、と全力で逃げられた。

 これじゃあ、いつまで経っても生徒会へ推薦ができない……。


「あ、太田」


 曲がり角でぶつかりそうになったのは、太田が下を見ながら歩いているせいだった。


「なにしてるの、危ないわよ」

「すみません。それが……探し物をしてまして」

「ああ、それで生徒会にも遅れてるのね……」


 連絡の一つくらい入れろって……ああ、そっか。

 連絡先を交換していなかったんだ。


「なら、私も一緒に探すわよ」

「いや、いいですよ。会長に迷惑はかけられないです」


「私は太田と猪上に迷惑をかけたんだから、お返しはしないと」

「なら……頼みます」


 太田が探しているのはある生徒が落とした生徒手帳らしい。中には大事な物が入っているらしく、誰かに拾われる前に見つけたいとのことだけど、正直、難しいと思う。

 生徒数が多いため人の目も多い。

 とっくに誰かに拾われて、落とし物箱に届いている可能性も……。


「今のところ届いてはいないです。それも時間の問題でしょうけど」


 太田とは二手に分かれて探すことにした。

 校内を頻繁に移動している生徒のため、どこで落としたのか見当もつかないと言う。

 人通りがある場所にはなさそうなので、人通りの少ない場所を探してみることにした。


 こういう時、便利な力ってあったかな……?


 端末をいじって見つけたのは、正答という能力。

 すぐさま答えを導き出せる力らしいけど、探し物にも使えるのだろうか。

 ……試しに使ってみることにした。


 これは困っている人を助けるために使うのであって、不正なんかじゃない。


「校内を頻繁に動き回る生徒で、まだ誰にも拾われていない生徒手帳……。私と太田が見つけられていないのよね……じゃあ――」


 もしかしたら、正答の力がなくともいずれは気づいていたかもしれなかった。

 答えは生徒会室にある。


「……あった」


 生徒会室、猪上の机の下に落ちていた生徒手帳を拾う。

 多分、今日の昼間にでもなくなったことに気づいて、探し始めたのだろう。

 となると、今日に訪れていない場所は自然と省くはず。

 生徒会室も例外ではない。

 だが落としたのは今日ではなく昨日だとしたら、生徒会室も捜索範囲に入るのだ。


「じゃあ、太田に電話を……」


 さっき、遂に連絡先を交換しておいた。

 太田の番号にかけようとして、しかし一旦、スマホをしまい、生徒手帳を見た。


 大事な物が入っている、と言っていた。

 すぐに取り戻したいのは抜き取られたくないからだろう。

 なら、少しだけ、ちらっと見るくらいなら……。


 私だって、猪上と距離を詰めたい。

 彼女のことを、もっと知って――。


「……ごくり」


 一呼吸置いて、生徒手帳を開いてみた。

 二枚の写真が挟まってあった。


 大きく映った猪上と、端っこの方に小さく映っている太田の写真。

 もう一枚が、太田が一人で大きく映っている写真。


 多分、最近の写真だと思うけど……一年生は遠足があったような……その時の写真?


「なんで猪上が太田の写真を……?」

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