その27 奪われた青春を取り戻す

 門限を過ぎてはいなかったが、玄関の扉を開けた瞬間に不穏な空気を感じ取った。

 反射的に引き返そうとしたけど、それよりも早くお父さんの声が私の動きを止めた。


「ただいまはどうした」

「……ただいま、お父さん……」


「おかえり、和歌。話がある。こっちへ来なさい」

「荷物を置いてから、向かいます」


 二階の自室にカバンを置き、呼ばれたリビングに向かおうとしたら、半開きになっていた扉からお父さんが顔を覗かせていた。


「お、お父さん……?」

「今日、遅刻をしたそうだな」


 ……どうしてそのことを。

 少し遅れただけで、親元に連絡されるような時間はなかったはずだ。


「お前に限ってないとは思っていたが、万が一、遅刻をした場合はすぐに連絡を寄越せと入学当時から学園側にお願いをしていた。無事に登校できているか心配だったものでな、毎日、定期的に連絡は入れている。そしたら今日、お前が遅刻したと言われてな」


「毎日……? 私がちゃんと登校してるか毎日確認してたの!? 学園に!?」

「今、そう言ったはずだぞ」


 信じられない……お父さんだって仕事があるはずなのに、わざわざ連絡を入れる時間まで作って私の行動を確認していたなんて。


「朝早くから出て生徒会室で勉強していると聞いていたが……朝早くから出て、どこでなにをしている?」


 お父さんは私が遅刻したのを、夜遊びならぬ朝遊びのせいだと思っていた。


「言った通りです、生徒会室で勉強をしていました……遅刻した日は生徒会に任された仕事の整理をしていて、少し遅れてしまっただけなんです!」

「和歌、父さんは悲しい。お前は嘘を言う子じゃないだろう?」


 嘘じゃない! 

 なのに、お父さんはどうしても私の言葉を信じてくれなかった。


「悪い虫でもついたか? お前が尊敬していた生徒会長か? いや、そいつは不正をしていたのがばれて最底辺に落ちたのだったか」

「…………っ」


 お父さんにそう説明したのは私だ。

 なのに、その言葉に腹が立った。


「そいつでないとすれば、……やはりお前の交友関係をもう一度、調べてみるとしよう」


 調べて、私の周りにいる生徒が誰か特定できたらどうするの、とは、恐くて聞けなかった。

 出てくるのは猪上や太田、ホランの存在だ。


「本当です、私が遅刻したのは自業自得で、誰かのせいじゃありません!」

「そうやって庇うところが怪しいな。昔のお前なら守るべき誰かなどいなかっただろう」


 小学校の時も、中学校の時も、私は生徒会に入っていた。

 だけど当時のメンバーを、私はまったく覚えていなかった。


 顔を黒く塗り潰し、身長と服装が同じ人型が席に座っている光景が蘇る。

 友達も、仲間もいなかったけど、今は……いる。


 楽しい空間と、仲間が、できてしまった。

 私が変わってしまった理由に、お父さんがみんなに着目するのは必然だと言える。


「和歌、私はお前に幸せになってほしいと思っているだけだ。そのために勉強をさせている。お前は幸せのために生徒会に入り、就職活動を有利にさせているようだが、毒になるのであれば生徒会など、やめた方がいい」


「生徒会は、必要です! 勉強だけでは分からないことがたくさん……っ」

「いいや、勉強だけをしていればいいんだお前は」


 まるで。

 お父さんはなにかに取り憑かれたように、私の首にその太い手の平を食い込ませた。


 一瞬、呼吸が止まる。

 そのまま、ベッドの上に、押し倒された。


「あぐっ……!?」

「学校も、友人関係が毒になるなら必要ないかもしれないな……通信制というものがあるらしいではないか。勉強だけをして、卒業でき、就職も可能だ。こんなに良い制度は他にない」


 徐々に、お父さんの興奮に比例して手の力も強まってくる。

 喉が締め付けられ、かろうじてできていた呼吸が完全にできなくなってしまった。


 ……まずい、振り解かないと、このまま意識が……っ?


「和歌、お前には幸せになってほしい。そして、私を幸せにしてほしい。私の会社に就職し、お前の優秀さで俺が所属する会社の同僚を、ムカつく上司を、ぎゃふんと言わせてほしいんだ……!」


 失いかけた意識の中で、そんな言葉を聞いた。

 お父さんの立場を、会社の中で上げるために……? 


 私を利用した……?


 私が捧げた青春は、お父さんの地位を上げるため……?


 しかも会社の役職という地位ではなく、精神的な優越感を得るために……?


 


「……和歌、どうして泣いているのだ?」

「……返、して」


 ――私だって、勉強なんかしないで、みんなと普通に遊びたかった。


 もう二度と手に入らない幼少時代の思い出に、意味もなく手を伸ばしてしまって、

 なにも掴めない現実に、虚しくて、涙が出た。


「私の、時、間を、返してよッ!」



「じゃあ使う?」


 仰向けになりながら、部屋の窓枠に足をかけて現れた赤髪に、魅了された。

 その少女は手に持っていた端末を私の手元近くに投げ、跳んだ。


 お父さんの眉間を爪先で思い切り蹴り上げ、お父さんの体が数メートル飛んで扉に叩きつけられる。


「娘の一〇年以上を犠牲にして、得たいのが会社での優越感とはねぇ。とんでもないくず野郎ね」

「げほ、ごほっ……ホ、ラン……っ」


「使わないならそれでもいいよぉ、ただ、それじゃあなにも変わらない。和歌の今の力じゃなにができてなにができないのか、分かっているでしょぉ?」


 ホランが仕組んだ展開でないのは分かった。

 お父さんに感情を吐露させる誘導を使った可能性はあるけど、私を徹底的に勉強漬けにしたことまではホランにも操れない。


 だって一〇年以上も前の話だ。

 その時もホランが地球にいたことになってしまう。


 だから、遅かれ早かれこうなっていた。

 たとえ後に起こったのだとしても、私にはどうしようもできなかったはずだ。

 私には力が足りないのだから、お父さんの束縛からは逃れられない。


「…………ホランの、力……」


 手を伸ばせば届く。

 手に取り、自分で使わなければ発動しない。


 待っているだけじゃ、王子様は助けになんてきてくれない。


「……お前が、和歌についた悪い虫か」

「害虫はあんたでしょぉ、おっさん」


「不法侵入だ! お前を通報して、警察に突き出してやる!」

「勝手にすればぁ? 地球と戦争する気はないけど、人間一人と喧嘩する気ならあるからいつでも相手にするわよぉ?」


「待って、ホラン」


 顔面を蹴られて鼻血を出すお父さんとは、私が話す。

 ぎゅっと、掴んだものを離さないように握り締めて。


「やっと――覚悟を決めたみたいねぇ」


 私は大垣くんとは違う。

 大垣くんは自分のために力を使っていた……私は、そう、処罰のために力を使う。


「お父さん、私は私のやり方で、幸せを手に入れます」


 お父さんの願いが私の幸せなら――。

 なんとしてでも、それをプレゼントしてあげようと思った。

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